2020/07/20
高井浩章 経済記者
『日本の15歳はなぜ学力が高いのか?』早川書房
ルーシー・クレハン/著 苅谷剛彦/解説 橋川史/翻訳
PISAをご存知だろうか。OECD(経済協力開発機構)が3年ごとに行う国際的な学力調査で、Programme for International Student Assessmentの頭文字をつないだものだ。「日本の子ども、学力順位が後退」といった形でニュースになるので、名前は聞いたことがなくても、結果だけご覧になったことはあるかもしれない。
本書は英国人教師が、PISAの成績上位から5つの国を選び、「あるべき教育の姿」を探るルポだ。登場するのはフィンランド、シンガポール、中国、カナダ、そして日本。
邦題は「日本すごい」系の礼賛本のようだが、原題もすごい。
CLEVERLANDS The Secrets Behind the Success of the World’s Education Superpowers
日本は「世界の教育スーパーパワー」の一角なのだ。
この本は3つの側面から楽しめた。
まず世界旅行記。著者は各国の教育現場にツテをたどって「飛び込み取材」を敢行している。一介の教師というステータスを逆手にとった手法だ。国際機関や政策当局の関係者が公式訪問すれば、視察ツアーで良いところだけ見せられてしまう。教室に潜り込み、現地の生徒や教師、親たちの本音を引き出す手腕は見事。ルポとして秀逸な読みものになっている。
教育論としてのユニークさが2つ目の側面だ。著者は各国の教育事情について資料も読み込み、長所・短所を洗い出し、補足資料として各種論文も参照してくれる。私の不勉強によるのは承知だが、非常に勉強になった。
「優等生に特別プログラムを与えるのはプラスの効果があるが、勉強が遅れている子ども向けのクラスを作って特別指導をするのは自尊心が傷つき逆効果」
「進学コースと職業訓練コースの選択は遅い方が良い」
といった知見にはうならされた。
私はもともと「教育にも競争原理を」といった新自由主義的な発想を疑問視していたのだが、読後、やはりそうした短絡的な手法は部分最適なのだと確信が深まった。
「誰も取り残されない」という教育の在り方は、理想主義でも悪平等でもなく、実効性の高いクレバーな選択肢なのだ。
3つ目の興味深い側面は「日本・日本人論」としての面白さだ。
「外の目」から見た日本の教育の意外な強さが指摘されるのだが、実は日本訪問記の部分は20ページほどしかない。ネタバレの嫌いがあるので、読んでのお楽しみ、としておきたい。日本では評判の悪い「ゆとり教育」への評価など興味深いので、ぜひご一読を。
『日本の15歳はなぜ学力が高いのか?』早川書房
ルーシー・クレハン/著 苅谷剛彦/解説 橋川史/翻訳