「自粛をやめられない社会」をやめるために

坂爪真吾 NPO法人風テラス理事長

『音楽が聴けなくなる日』集英社
宮台真司、永田夏来、かがりはるき/著

 

 

「どうして誰も得をしない自粛が加速するのか」

 

新型コロナの影響により、社会のありとあらゆる場所で自粛が求められるようになっている今、誰もが一度は頭に浮かんだことのある問いだろう。

 

2019年3月、電気グルーヴのメンバーであるピエール瀧氏が麻薬取締法の疑いで逮捕された。その翌日、ソニー・ミュージックレーベルズは、電気グルーヴの全ての音源・映像の出荷停止、在庫回収、配信停止を発表。サブスクリプション(定額聴き放題サービス)でも、一斉に電気グルーヴの楽曲を聴くことができなくなった。

 

こうした状況に対して、社会学者の永田夏来氏と音楽研究家のかがりはるき氏は、電気グルーヴの全ての音源・映像の出荷停止、在庫回収、配信停止の「撤回」を求める署名活動を開始。約1か月で、世界各国から6万人を超える署名が集まった。

 

アーティストが不祥事を起こした場合にレコード会社が行う対応は、事なかれ主義と前例主義に基づいている。明確なポリシーが存在せず、回収や配信停止がアーティストやファンに与える影響や今後の見通しについて議論されることもなく、何の根拠も説明もないまま、重要な決定が下されてしまう。

 

本書『音楽が聴けなくなる日』は、署名キャンペーンをめぐる動きと音楽産業における自粛の歴史を整理しながら、こうした自粛が起こる背景と構造を、社会学的な観点から解き明かした一冊である。

 

私自身も、2020年4月に、新型コロナに関する休業補償や持続化給付金から性風俗事業者を除外しないように求める署名キャンペーンを行った。

 

性風俗事業者を給付対象から外すことを決定した国の対応も、電気グルーヴの楽曲の出荷停止・在庫回収・配信停止を決めたレコード会社と全く同様の、事なかれ主義と前例主義に基づいていた。そこには明確なポリシーもなければ、合理的な根拠もない。ただ、「なんとなくヤバそうだから」「以前からそうしてきたから」という曖昧な理由だけで、多くの人の生活や権利に甚大な影響を与える政治的判断が下されてしまう。

 

事なかれ主義と前例主義に基づいた自粛が自己目的化する中で、自粛を要請する側も、自粛に応じる側も、何のための・誰のための自粛なのかが分からないまま、無意識のうちに特定の個人や集団への社会的排除に加担してしまうことになる。

 

本書の中で、ある大手レコード会社の元幹部は、不祥事を起こしたアーティストや著名人を過剰に叩く「血に飢えた正義のガーディアン(守護者)」は、レコード会社にとって「大事な太客」でもある、と証言している。水に落ちた犬を叩かずにはいられない彼らが、薄っぺらい感動ネタにも課金してくれる大事な顧客であるとするならば、レコード会社が忖度することもうなずける。

 

性風俗の世界にも「クソ客と太客は紙一重」という格言がある。厄介な客ほど、多額のお金を落としてくれるがゆえに切るに切れなくなってしまう、というわけだ。

 

こうした「血に飢えた正義のガーディアン」や「限りなくクソ客に近い太客」のような集団の社会的・経済的な影響力が強まっていけば、「誰も得をしない自粛」は、ますます加速していくだろう。自粛は、文字通り自発的に行われるものである。それゆえに、行き過ぎた自粛に歯止めをかけることも難しい。

 

コロナの先行きが見えない中、これまでも、そしてこれからも得体のしれない自粛に振り回されるであろう私たちに求められているのは、自粛を要請する国、自粛に唯々諾々と応じる企業、そして自粛に応じない者を執拗に攻撃する「血に飢えた正義のガーディアン」たちをただ感情的に批判することではなく、「自粛をやめられない社会」の構造を可視化し、そこから解決の糸口を見出すことではないだろうか。

 

「自粛をやめられない社会」をやめるために、今こそ読まれるべき一冊である。

 

『音楽が聴けなくなる日』集英社
宮台真司、永田夏来、かがりはるき/著

この記事を書いた人

坂爪真吾

-sakatsume-shingo-

NPO法人風テラス理事長

1981年新潟市生まれ。NPO法人風テラス理事長。東京大学文学部卒。 新しい「性の公共」をつくるという理念の下、重度身体障がい者に対する射精介助サービス、風俗店で働く女性のための無料生活・法律相談事業「風テラス」など、社会的な切り口で現代の性問題の解決に取り組んでいる。2014年社会貢献者表彰。 著書に『はじめての不倫学』『誰も教えてくれない 大人の性の作法』(以上、光文社新書)、『セックスと障害者』(イースト新書)、『性風俗のいびつな現場』(ちくま新書)、『孤独とセックス』(扶桑社新書)など多数。

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