大統領選直前、必読の書 『マインドハッキング』

高井浩章 経済記者

『マインドハッキング あなたの感情を支配し行動を操るソーシャルメディア』新潮社
クリストファー・ワイリー/著 牧野洋/翻訳

 

 

ケンブリッジ・アナリティカ――。この社名を聞いてピンとくる方は、どれくらいいるのだろう。

 

試しに今、Googleで検索したところ、日本語のニュースは2000件弱しかヒットしない。50万近い検索結果が弾きだされる英語とは雲泥の差だ。世界の分断を決定づけた2016年に2つの政治イベント、米大統領選と英国のEU離脱(Brexit)の行方を左右した(かもしれない)存在について、日本語の情報は極めて少ない。

 

本書はこの、多くの謎を残したまま経営破綻したケンブリッジ・アナリティカ(CA)の元社員クリストファー・ワイリー氏の手記だ。CA関連の情報はもっぱら欧米メディアの報道が頼みの綱だった。当事者が語る内幕を日本語で読める恩恵は大きい。
期待にたがわず、多少なりとも世界情勢やSNSを使った世論操作に関心がある人なら、読みはじめたら止まらない読み物になっている。訳も素晴らしく、一気読み必至だ。

 

読者をぐいぐい引き込むのは2つ魅力だ。
もちろん最大の読みどころは、書名の「マインドハッキング」、データをフル活用した世論操作のドキュメンタリー要素だ。
Facebookの個人データを大量にかき集め、有権者を丸裸にしてカスタマイズした情報(フェイクニュースを含む)を流し込んで投票行動を左右するさまが克明に描かれる。読者は放送禁止用語の原題「Mindf*ck」がぴったりくるダーティーワークの数々に息をのむだろう。トランプ大統領の元側近スティーブ・バノン氏や英政界の大物、米大富豪など豪華キャストが次々と登場し、臨場感満点でページを繰る手が止まらない。

 

もう1つ、良い意味で予想を裏切られた魅力は、「リベラルな同性愛者のカナダ人」というバックグラウンドの若者が、自らの信条とはかけ離れた米国・英国の政治の泥土に巻き込まれていく人間ドラマとしての面白さだ。
創立時からCAに深く関与した著者が、オルタナ右翼やロシアを含む各国情報機関と手を組み、内政干渉やフェイクニュースの流布で世論を「洗脳」する実態に憤り、内部告発者となって欧米当局への情報提供を決断するまでが丁寧に語られる。スマートなギークたちや俗物の英国貴族など役者もそろっている。

 

CAの手法は実際にはそれほど大きな影響力はないと評価する政治学者もいる。だが、Brexitもトランプ大統領の誕生も、わずかな票差が生んだ大番狂わせだった。本書が暴露するような手法が結果を左右したのかもしれないと考えると眩暈をおぼえる。

 

トランプ再選をかけた大統領選も間近。
「観戦ガイド」として、ぜひ事前に読むのをおすすめする。

 

『マインドハッキング あなたの感情を支配し行動を操るソーシャルメディア』新潮社
クリストファー・ワイリー/著 牧野洋/翻訳

この記事を書いた人

高井浩章

-takai-hiroaki-

経済記者

1972年生まれ、愛知県出身。経済記者・デスクとして20年超の経験がある。2016年春から2年、ロンドンに駐在。現在は都内在住。三姉妹の父親で、デビュー作「おカネの教室」は、娘に向けて7年にわたって家庭内連載した小説を改稿したもの。趣味はLEGOとビリヤード。noteで「おカネの教室」の創作秘話や新潮社フォーサイトのマンガコラム連載を無料公開中。

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