こんな時代にこそ読むべき手塚治虫の不朽のサスペンス『アドルフに告ぐ』

白川優子 国境なき医師団看護師

『アドルフに告ぐ』国書刊行会
手塚治虫/著

 

 

初めて読んだのは20代前半の時だったが、先日もつい読みふけってしまった。
手塚治虫の作品の中では、唯一繰り返し読んでしまう大変中毒性のある一作。

 

彼の作品は空想的なものも多いが、本作品は第2次世界大戦前後のドイツと日本を舞台にした、ドキュメンタリータイプのサスペンスだ。冒頭の迫力ある描写から一気に引き込まれる。

 

作品誕生のきっかけは、神戸に住む手塚氏へ届いた「神戸の思い出話を描いてくれ」という、ある出版社からの依頼だったという。そこで、実際に自身の近所に住んでいたカウフマンというドイツ人の男の子を題材にしようと気楽に思いついたらしいが、その先は唸らせるほどの構成となっている。

 

物語は、ヒトラーの出生にまつわる1枚の機密文書を巡り、多方面に展開される。戦争、家族、友情、洗脳、人種差別、裏切り、愛、民族等々、多様なテーマを織り込み、カウフマンを始めとするそれぞれの登場人物とその人生を見事に描きっている。これだけ各方面に展開させたストーリーなのに、全く崩れる事なく最後には完璧な形となってまとまっている。さらに「アドルフに告ぐ」というタイトルを改めて振り返ると、手塚治虫の才能に改めて感服する。

 

彼の作品には、やさしく繊細なタッチで描かれているものもあるが、本作品は鬼気迫った筆圧で、その熱量は最後まで変わらない。5巻で完結している点も、読み手側が集中して読み切るのにちょうどいい。

 

戦争の狂気を表現する一方、例え戦争が終わっても未だに復讐の連鎖を続けている人間のおろかさを我々に伝える事も彼は忘れていない。

 

物語とはいえ時代背景には忠実で、当時の民衆が戦争の狂気のうねりに飲み込まれていく様子は、きっと現実に起こり得たように思う。故に、ナチス支配下時代の歴史や戦時中の日本の趨勢などを改めて勉強したい人にもお勧めできるし、また子供への平和学習としても使えるだろうと思う。小学校高学年くらいからなら内容を理解して読めるのではないか。

 

彼の代表作の1つである本作品をまだ読んでいないという人、恥ずかしがることはない。今からでも決して遅くはないのでまずは手にして欲しい。

 

『アドルフに告ぐ』国書刊行会
手塚治虫/著

この記事を書いた人

白川優子

-shirakawa-yuko-

国境なき医師団看護師

国境なき医師団看護師。2010年より紛争地を中心に9ヶ国17回の活動。幼少のころから読書で育つ。 『紛争地の看護師』(小学館)著者。集英社刊行イミダスにて2018年より連載中。 また朝日新聞デジタル&にて2020年10月より連載開始。現在は国境なき医師団日本事務局にて海外派遣スタッフの採用を行っている。

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