2021/02/09
馬場紀衣 文筆家・ライター
『オニババ化する女たち 女性の身体性を取り戻す』
光文社 著/三砂ちづる
現代の女性たちは一見すると自由な選択肢を与えられているように思える。仕事も結婚も出産も、各々の人生にあわせて自由に選べるならそれが一番幸せだ。しかし、国内外の研究機関で母子保健、女性のリプロダクティブヘルスなどの仕事に携わってきた著者の意見はすこしちがう。
「女性のからだには、次の世代を準備する仕組みがあります。ですから、それを抑えつけて使わないようにしていると、その弊害があちこちに出てくるのではないでしょうか。また、仕組みを使って、性と生殖に向き合ったとしても、それが喜びに満ちた経験でなければ、そのようなエネルギーは本当に満たされたとはいえません。」
著者のいう「エネルギー」とは、性と生殖に関わるエネルギーのこと。自由に生きる喜びにばかり目をむけて月経や性経験、出産といった女性性をないがしろにしていると、エネルギーは行き場を失い、日本の昔話に登場するオニババ(山姥)のように、つまり「オニババ化」することになると警告する。
「大人になって性関係を持たない女性が、どういうかたちで自分のからだを確認していくのか、というのはとても大きな問題だと思いますが、あまり論じられていません。性関係を持たないのであれば、それに代わる何かが必要に思われますが、そのための答えを用意した人はそう多くはいません。」
北部アメリカのインディアンは「月経のたびに女性は生まれ変わる」と信じているそうだ。彼らは初潮を迎えた女性を祝い、毎月生まれ変わるチャンスを得られたことを喜ぶらしい。また、ブラジルのアマゾン森林で自然と共に伝統的な暮らしを送るインディオの女性たちは、閉経を楽しむという。この村では、子どものことを気にせずにセックスを楽しめる閉経後にこそ女性の生活動が活発になるそうだ。
著者は、女性の身体性はうまく発散されないと破滅的なものになる可能性があるという。そのため、かつてはさまざまな文化がそれぞれにいろいろな処方箋を持っていたのかもしれないとの指摘は興味深い。たとえば通過儀礼として、一年間かけて母親から料理の仕方や性に関すること、出産について学ぶ慣習が残されているブラジルのメイナク族の女の子たちの話や、「子宮を空き家にしてはいけない」というアイヌの産婆さんの言葉からは、次の世代へ身体の知恵を伝えようとする成熟した女性たちの優しさが感じられる。そうした知恵が途絶えつつあるいま、女性のからだのありようというのは軽視されているのではないか、からだの声に耳をすまして欲しいというのが本書のメッセージだ。
『オニババ化する女たち 女性の身体性を取り戻す』
光文社 著/三砂ちづる