「どうしても鈍くなれない若者たち」――ジェンダーレスな人間関係を求める主人公の生きづらさ

馬場紀衣 文筆家・ライター

『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』河出書房新社
大前粟生/著 

 

 

他者と真面目に向き合おうとするあまり自分を追い詰めてしまう人がいる。それは快適でなだらかな人間関係を求める若者がコミュニティに溶けこむにあたって必要になる、ささやかなウソや違和感に気づいたときに起こるのではないだろうか。『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』には、そんな「どうしても鈍くはなれない若者たち」が登場する。

 

人の傷に自分も傷ついてしまう主人公のナナくんこと七森は、ぬいぐるみと喋るすこし不思議なサークルに入っている。身長は156cmと小柄で体重は45kg。女の子みたいな見た目のせいか高校時代は「安全な男の子」認定を受け、女子のグループに混じっていた。大学生になった今も、彼には恋愛対象としての好き、がよくわからない。友達はみんな当たり前のように恋愛に参加しているのに、自分だけ上手くできずにいることに疎外感を感じている。

 

自分もみんなのように恋愛を楽しみたい。性欲だってある。でも「セックスって、暴力みたい」に思えるのだ。そもそも七森には、男女が二人でいるだけで恋愛とすぐに結びつける周囲の考えがいまいちわからない。なぜ「男」や「女」に分けるのではなく、ただその人を見ようとしてくれないのか。男でもなく、女の子みたいな可愛い男の子でもなく、一人の「ひと」として自分を見てもらいたい。ジェンダーレスを望む七森にとって、ぬいぐるみサークルは居心地の良い場所だった。

 

ぬいぐるみサークルにあるたくさんのぬいぐるみは、傷付いて汚れたものが多い。ゴミ捨て場から拾ってきたり、誰かが放置していったりするものを迎え入れているからだ。

 

「つらいことがあったらだれかに話した方がいい。でもそのつらいことが向けられた相手は悲しんで、傷ついてしまうかもしれない。だからおれたちはぬいぐるみとしゃべろう。ぬいぐるみに楽にしてもらおう。」

 

「ぬいぐるみとしゃべるひとはやさしい。話を聞いてくれる相手がいるだけでいいこともある。それだけで少し人生が楽になる」

 

ぬいぐるみサークルの副部長はそう語る。だからサークルのメンバーは、ぬいぐるみにだけ自分の心の柔らかい部分を打ち明ける。

 

家族や仲の良い友人との何気ない会話や、キャンパスやマンションの廊下での些細な言動に七森の心はかき乱される。仲の良い麦戸ちゃんと付き合うことを避けるのも、コミュニケーションの含む可逆性を自覚しているからだろう。

 

「僕がどれだけしんどくなっても、それでいい。僕は男。僕も、いるだけでだれかをこわがらせてしまっているのかも。このしんどさが、だれかを傷つけないことにつながるならそれがうれしい」

 

そう言葉にするのに、七森は悪意を向けられている子に手を差し伸べるようなことはしないし、できない。その弱さがもどかしい。他人の痛みに振りまわされ、迷いながら、それでも七森は人と向き合う方法を探ってゆく。人は皆、優しくあるべきだ。優しくあって欲しい。主人公のそんな訴えが聞こえてくるような物語だ。

 


『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』河出書房新社
大前粟生/著 

この記事を書いた人

馬場紀衣

-baba-iori-

文筆家・ライター

東京都出身。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。国内外の大学で哲学、心理学、宗教学といった学問を横断し、帰国。現在は、本やアートを題材にしたコラムやレビューを執筆している。舞踊、演劇、すべての身体表現を愛するライターでもある。

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