2021/08/02
横田かおり 本の森セルバBRANCH岡山店
『ハイドンな朝』ナナロク社
田口犬男/著
真実というプラカードを掲げ 真理という旗をはためかせたって
そこにあったものはすでに立ち消えた
言葉をかざした途端に
風はやみ 唄は消え
遥か遠くに旅立ってしまった
跪き首を垂れ 教えを乞うのでは足りないから
慈しみながら 抱こうか
魂を見つめて 魂に問うて
やわらかな手つきで 言葉をあてがう
神からのギフトのような 神聖な言葉を
詩集には 過去も今も未来ですら同時に存在している
ハイドンという一人の男の朝に触れるとき
わたしはハイドンとして 朝の光景を見つめている
まばゆいほどの朝の光 生まれたての新鮮な空気
銀色のスプーンは鏡となり 未来の我を映し出す
ハイドンとして鎮座するわたしの視界 眺める景色はどこか懐かしい
ここからハイドンとして生きる わたしの人生がはじまる
ここからハイドンの言葉をもって 世界を表現する未来がはじまる
すべては 予感で 確信で 真実だ
幻想の薔薇は何色だろうか
庭に佇む美しい薔薇だ
深紅だろうか 蒼色だろうか
何色だってかまわない
その薔薇は朽ちることなく 果てることなく
永遠に咲き誇っているのだから
だから守ってやらねばならぬ
決して損なわれることなきよう
包んでやらねばならぬ
わたしの中にある光
忘れていただけだった 見えなくなっていただけだった
太陽も 星も わたしの光と同じくして
花も 木も 鳥も 共鳴しながらゆらりゆれ
わたしの光が吹き込まれるとき
言葉も 絵も 音楽も いのちをもって輝きだす
いのちが宿ったそれらは ふたたびわたしに光をもたらす
終わらない旅 途切れることのない光の渦
光のなかで わたしはいきる
本当に大切なことほど 忘れてしまうのはなぜ
わたしたち 円だった
わたしたち 弧を抱いた円だった
ばらばらになった円が 弧として世界に身を投じ
思い出すこともなく 抱きしめあうこともなく
弧のまま命を終わらせることは あまりにも悲しすぎる
今こそわたしの中心に手を伸ばして うずくまっている弧を抱き寄せて
円の姿を取り戻したわたしは もうどんな形にも姿を変えられる
詩とは 最上の言葉のつらなり
神から授かった言葉を この世界に表出させたもの
詩人は
透明な管になって 寡黙なタイプライターになって
天からのギフトを 言葉に変えて
世界の隅々にまで行き渡らせる
『詩人よりずっと 詩の方が立派だ』
こう思うのも詮無いこと
ただそれができるのは 詩人という職人のみぞ
詩や言葉は わたしたちのはるか上から降り注ぎ
この星をもすべからく包み込む
そのかけらを この破片を
綻んだ魂に戻していく
わたしの 唯一の願い
わたしたちの 唯一の祈り
『ハイドンな朝』ナナロク社
田口犬男/著