2021/11/30
小説宝石
『らんたん』小学館
柚木麻子/著
実在の人物をモデルとしたいわゆる評伝小説は、史実と、史実が分からない部分をどのように創作で埋めるか、それらをどのようなトーンで描くのか、著者の力量が問われるものだ。柚木麻子の『らんたん』は、その大成功例ではないだろうか。これがもう、一級のエンターテインメント作品として楽しませながら、当時の女性たちの奮闘が押しつけがましくない熱量で描かれ、胸に迫ってくる。主人公は著者の母校、恵泉女学園の創立者、河井道である。
1877年、伊勢神宮の神職の娘として生まれた道。明治維新の政策の影響により父は失職、家族は北海道へと移り住み、そこで道は生涯のメンター的存在となる新渡戸稲造と出会い、さらには有島武郎と知遇を得る。やがて上京して津田梅子のもとで学び、アメリカで留学した先では野口英世と出会い……。えっと驚くような有名人が次から次へと登場する。
帰国後、自分で女性のための学校を作りたいと願う道を支えたのは、元教え子の渡辺ゆりだ。ゆりは結婚後も家族と一緒に生涯独身だった道と暮らし、支えたという。その二人のシスターフッドも魅力的。もちろんすんなり学校を設立できたわけではなく、そこに至るまでの紆余曲折もまた楽しく読ませる。また、学校教育においては制服は不採用、校則は生徒たちで決定させる、多種多様な行事を設定するなど、斬新な方針を提起していったようだ。
平塚らいてうや神近市子、山川菊栄らも登場する。女性の権利獲得を目指す点は一致しているものの、意見も手段も異なり、さまざまな議論も発展した。そんな先人たちの奮闘があって、今の自分たちがいるのだなと、気が引き締まる。パワフルな先輩たちに、活力をもらえる一冊なのである。
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■娘が見守る母とスリランカ青年の恋の行方
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柚木麻子/著