自分の腸と大地の土は繋がっている…「フレキシタリアン」は理想かつ現実的な食生活

藤代冥砂 写真家・作家

『腸と森の「土」を育てる 微生物が健康にする人と環境』光文社新書
桐村里紗/著

 

健康は大切だと、ある程度歳を重ねた人ならば実感しているけれど、なんだか本気になれずに、ぼんやりとした知識から一歩前に進めず、詰めの甘いやり方で自分を誤魔化している人は、結構多いと思う。その理由のひとつに、健康法がころころと入れ替わることが挙げられよう。科学的なエビデンスが一応はあるっぽいのだが、それも数年後には覆されたりと、イタチの追いかけっこで軸が定まらないのでは、まあ馬鹿馬鹿しくもなる。

 

健康法にも何か絶対的な軸があれば、それに従ってみたい、という思いは、私自身にも常々あった。そして、手に取ったのが本書である。読み進めるうちに、まず気づいたのは、人間は自分自身の健康ばかりを気を取られているということ。これは案外盲点ではないか。

 

健康とは、個人を最適化することだとばかりに、焦点を外側と切り離し、内側へと限定してきた。それは、近代医学が、身体を交換可能なパーツとして分断し、どんどん細分化していったことと並行して養われた思い込みでもある。とにかく視野を自分の心身に限定し、そこの現象を捉え、対処することこそ、健康を考えることだった。

 

プラネタリーヘルス。本書で出会った概念こそ、私にとって新たな視点となった。
人と地球は別々な存在ではなく、相互依存関係にあるという考えを基に、多様な生物が生かし合う生態系を維持し、人を含めた地球全体の健康を実現することを、プラネタリーヘルスという。つまり、自分の健康ばかりミクロ的に考えているよりも、自分を含む地球環境を健康にすることで、マクロ的に地球上のみんなが健康になってハッピーだぜ、という思考だ。

 

こういう考え自体は、古代ギリシアからあったことで、斬新なことではないのだが、では広げられた大風呂敷のどこから始めたら、それが実現できるのか? について腸内環境を出発点にしているのが、本書の肝だ。

 

人は、自己と外界の境を皮膚だと認識しているが、実は違う。これは自分も未知だったので驚いたのだが、人体は消化器を体を貫通する穴としたちくわ状の物体であり、食物という異物を通す消化器は、体の内部に位置するが、外界との接触面として体外なのだ。さらにその体外としての消化器の表面にいる常在細菌が生み出す環境である腸内フローラは、地球の「土」と同様の性質であり、両方の土を最適化することが、地球と人の双方の健康を維持しる上で重要である。

 

つまりその土を最高のものに保つことが、プラネタリーヘルスの肝であるというのが、本書の要点である。

 

さらに人間は、脳と腸とが密接にコミュニケーションしていて、相互に相関している。これはどういうことかと言うと、腸内環境が悪いと、心も悪くなるということだ。そしてその逆もある。精神疾患などは、心の病気だがその原因は腸内環境の乱れから来る。腸内の乱れは食生活が大きな原因となる。

 

つまり、やばいものを食べ続けていたら、やばい人格が作られてしまうということになるわけだ。人は、なぜか腸よりも脳を上位器官のような捉えがちだが、受精卵から最初に生まれるのは腸であり、脳はあとから出来る。腸はもっと大切に扱われるべきだろう。

 

さて、腸とそれを整える常在菌の重要さは分かった。本書は理想的なそして現実的な食生活として、フレキシタリアンを提唱している。フレキシブルなベジタリアンという意味の造語で、野菜中心の食生活に、遊びや楽しみとして時々肉を食べるというスタイルだ。

 

肉食がこの地球に与える負荷の凄まじさについてはすでの多くの人が知っているが、肉食から別れることを決意するのは大変だ。だが、地球全体の健康を達成する意識から個人的な健康への心がけへと下ろしていくプラネタリーヘルスの概念からは、どうしても肉食を減らす必要がある。腸内環境を整えるためには肉食から離れる必要があるのだ。腸内環境が悪ければ、どんなサプリを摂ろうとも無意味だ。

 

健康を提唱する本が、どうしても持ち得てしまう啓蒙力が本書にもあるのだが、自分だけ健康になろうとする限界を諭され、全体の健康へと視野を広げられることは、心身の健康上、心の大らかさも育んでくれそうだ。この星の未来のために、と言われてもいまひとつピンとこない人が多いと思うが、自分の腸と大地の土とが繋がっていて、そこを健康にしようという発想は、閉塞感とは真逆の明るさがあって、私には心地よい読書となった。

 

『腸と森の「土」を育てる 微生物が健康にする人と環境』光文社新書
桐村里紗/著

この記事を書いた人

藤代冥砂

-fujishiro-meisa-

写真家・作家

90年代から写真家としてのキャリアをスタートさせ、以後エディトリアル、コマーシャル、アートの分野を中心として活動。主な写真集として、2年間のバックパッカー時代の世界一周旅行記『ライドライドライド』、家族との日常を綴った愛しさと切なさに満ちた『もう家に帰ろう』、南米女性を現地で30人撮り下ろした太陽の輝きを感じさせる『肉』、沖縄の神々しい光と色をスピリチュアルに切り取った『あおあお』、高層ホテルの一室にヌードで佇む女性52人を撮った都市論的な,試みでもある『sketches of tokyo』、山岳写真とヌードを対比させる構成が新奇な『山と肌』など、一昨ごとに変わる表現法をスタイルとし、それによって写真を超えていこうとする試みは、アンチスタイルな全体写真家としてユニークな位置にいる。また小説家としても知られ著作に『誰も死なない恋愛小説』『ドライブ』がある。第34回講談社出版文化賞写真賞受賞

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