自然界の「美の多様性」はいかにして生まれたのか!?「共進化」のメカニズムに迫る傑作

馬場紀衣 文筆家・ライター

『美の進化 性選択は人間と動物をどう変えたか』みすず書房 
リチャード・O. プラム/著 黒沢令子/翻訳

 

 

著者のプラムは幼少期からバードウォッチングに親しみ、これまでイェール大学の鳥類学者として世界中でフィールドワークを行ってきた。長いあいだ自然界をつぶさに観察してきた研究者の知見は鳥から人間へ、女性のオーガニズムや性器、同性愛の生物的起源へとダイナミックに繰り広げられていく。

 

生物個体が感覚にもとづく判断と認知的選択をし、これにより真価が促される過程を本書では「美にもとづく進化(審美進化)」と呼んでいる。「審美進化」の研究では、欲望の対象と欲望の形そのもの、つまり性的魅力の両面から検討することが求められる。種の中でどの配偶者がより好まれるかを調べれば、性的欲望の結果を観察できる。そして性的欲望の対象の進化過程を辿ることは、性的欲望の進化をより明瞭化してくれる。

 

「性選択の働きを理解すると見えてくることは、欲望と欲望の対象が共進化するという驚くべき事実である。(中略)性的魅力のほとんどは共進化によってもたらされたものである。つまり、誇示形質と配偶者の選り好みが互いに対応しているのは偶然ではなく、長い進化的時間をかけて互いに形成し合ってきた結果なのである。自然界にみられる並外れた美の多様性は、この共進化のメカニズムによってもたらされたのだ。」

 

自然選択による進化と配偶者選択による美の進化は、異なる変異のパターンを自然界にもたらすということについては、ダーウィンも気づいていた。たとえば種子食の鳥の例。鳥が嘴を使って種子を割る方法は限られているから、嘴の大きさや形の変異のバリエーションはそう多くない。一方で、つがいの相手を惹きつけるという課題は、種子をこじ開けるのに比べるとより自由度が高い。だから鳥たちは意志を伝達して相手を魅了するために独自の美的な装飾や好みを進化させてきた。その結果、計り知れないほど豊かな美の多様性がもたらされることになる。

 

鳥の羽の進化的起源にも同じような傾向を見ることができる。エクアドルのアンデス山脈西部の林に棲むマイコドリは、翼の羽を使って破裂音を出す。ところがマイコドリ類は、鳥の伝統的な美のレパートリーのひとつ「さえずり」を失ったわけではない。すでに美しい声を持っているはずのマイコドリがなぜ新しいさえずり方法を進化させる必要があったのか、著者は考察を重ねていく。

 

鳥に夢中な研究者であるだけに、翼の構造とその機能のくだりはとくにに興味深い。美の生起仮説によれば、羽を鳴らすという性的誇示形質は必ずしも生存率を高めるために行われるわけではないらしい。それどころか、羽の所有者に負担をかけるように進化することもあるという。

 

繁殖のためでないのなら、配偶者のために美しい音を鳴らすことにいったいどんな意味があるのか。本書によれば、鳥たちは配偶者の選り好みが変化したのに合わせて、並外れた翼歌を生みだすための進化を遂げたという。マイコドリの世界では「ジェームス・ディーンのようにハンサムな男性の方が、八〇歳代まで生きる物静かな図書館員よりも、子孫をたくさん残すかもしれない」という説明は美の進化のメカニズムをうまく説明してくれている。

 

ページ数もさることながら、取りあげられる話題の多さに論点を見失いがちになるが、これほどのボリュームでありながら読者を飽きさせずに最後まで導く著者の筆致に驚かされる。新説の数の多さは、知見の広さでもある。たとえ著者の審美進化説を見失っても、鳥たちの美の革新を追うだけでも充分楽しめるのでご安心を。

 

『美の進化 性選択は人間と動物をどう変えたか』みすず書房 
リチャード・O. プラム/著 黒沢令子/翻訳

この記事を書いた人

馬場紀衣

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文筆家・ライター

東京都出身。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。国内外の大学で哲学、心理学、宗教学といった学問を横断し、帰国。現在は、本やアートを題材にしたコラムやレビューを執筆している。舞踊、演劇、すべての身体表現を愛するライターでもある。

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