天才ではなくても、ここまでやれば作家で食っていける!

金杉由美 図書室司書

『印税稼いで三十年』本の雑誌社
鈴木輝一郎/著

 

 

筆記具の選び方から編集者との付き合い方や罵倒レビューの受け流し方まで、プロの作家として生きていくためのノウハウとリアルな業界事情が詰めこまれた赤裸々エッセイ。

 

鈴木輝一郎というと、本の雑誌の三角窓口に普通の読者に交じってたびたび普通に投稿していたことが思い出される。
そして自著の宣伝のため書店回りを独自かつ精力的にこなしている姿も印象深い。

 

告白すると、私が書店員だった頃、鈴木輝一郎作品が店に入荷してくると、思わず「ひぅ…」と変な声が出た。
「ひぅ…きっとまた鈴木先生来ちゃう、いや、来店してくださるに違いない…」

 

そして数日たつと、背筋を伸ばして満面の笑みを浮かべた鈴木先生が突然店頭に降臨なさるのである。アポなしなのは書店員を拘束しないようにというお気遣いである。
ご自分で「尊大でとっつきにくそうに見えるらしい」と書いてらっしゃるが、そんなことはまったくない。穏やかでジェントルな物腰ながら目が笑ってなくて圧が強いのがちょっと怖いだけである。
そして持参の新刊に手早くサインをほどこし、オリジナルPOPと一緒にプレゼントして下さる。POPは当店の前で看板を入れ込んで数分前に撮った著者超近影チェキ。燦然と輝く黄金のPOPスタンドには「鈴木輝一郎の本」と刻印されている。象が踏んでも壊れない級の頑丈で美麗なスタンドだ。そしておまけにオリジナル軍手も添えて下さる。軍手、普通はなかなか思いつかないノベルティだろう。これだけでも書店業務を研究し尽くしてらっしゃることがうかがい知れる。書店業務に必須のありがたいアイテム。手の甲の部分に新刊タイトルが明記され、店頭での使用時にさりげなくお客様への周知が出来るようになっている優れもの。しかし残念ながら個人的には素手で本に触らないと棚入れできない体質なので使用したことはない。
軍手愛用の同僚に言わせると「滑り止めのポツポツがついてないから使いにくい」そうである。あくまでも個人の意見です。
これらの必殺アイテムの開発秘話や書店回りをする理由についても面白過ぎる経緯が本書で詳しく語られている。常々すごい営業努力だなと思っていたけれど、すごいどころではなく驚異的なまでの営業努力。
もうひとつ特筆すべきはサインへの為め書き。なんと名乗らずとも顔を見るなりササッとこちらの名前を書き添えてくださる。初対面の時には名刺をお渡ししているけれど、今日は名乗ってませんよね?それなのになぜ名前がわかる?前回対応した書店員の名前は記録してあるのだろうけど、担当が代わってる可能性もあるのに迷わず書くということは、一介の書店員でしかない私の顔を覚えてらっしゃるということですか?
怖い。いや、有難い。

 

信頼と実績のあるベテラン歴史小説家・推理小説作家でありながら、この気配り。
とにかくもうタダモノではない。
出版社の営業マンはみんな鈴木輝一郎先生に弟子入りすべきじゃないか。
訪問した店の店名の読みを平気で間違えるような営業マンは、爪の垢とか煎じて1ガロンくらい飲むといいと思う。
こんなにしていただくと、書店員としても「きちんと売らなくちゃ!」と思わざるを得ない。返品する本を棚から選ぶ時にも、先生のご尊顔が浮かんで思わず手が著作を避ける。
いい作品を書くためにも生き残らなければならないという先生の信念、書店員にもバッチリ届いている。業務妨害レベルに。
そしてそのサービス精神はもちろん作品にも反映されていて、このエッセイもとんでもなく笑えるし実用的でお得な一冊なのだ。

 

こちらもおすすめ。

『日没』岩波書店
桐野夏生/著

 

社会に適合した作品を書くよう矯正施設に入れられた作家たち。
小説家の「業」を描く恐ろしい物語。ラストが怖すぎてトラウマになる。
筆で身を立てていくっていろんな意味で大変なんだなあ。

 

『印税稼いで三十年』本の雑誌社
鈴木輝一郎/著

この記事を書いた人

金杉由美

-kanasugi-yumi-

図書室司書

都内の私立高校図書室で司書として勤務中。 図書室で購入した本のPOPを書いていたら、先生に「売れている本屋さんみたいですね!」と言われたけど、前職は売れない本屋の文芸書担当だったことは秘密。 本屋を辞めたら新刊なんか読まないで持ってる本だけ読み返して老後を過ごそう、と思っていたのに、気がついたらまた新刊を読むのに追われている。

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