「女である」とは―― “偏見”に挑む科学ルポルタージュ|アンジェラ・サイニー『科学の女性差別とたたかう』

馬場紀衣 文筆家・ライター

『科学の女性差別とたたかう 脳科学から人類の進化史まで』作品社
アンジェラ・サイニー/著 東郷えりか/訳

 

 

今日でも私たちは性差の幻想に閉じこめられている。たとえば赤ん坊にピンクや水色を買い与えたり、男の方が浮気しやすい乱婚型で、女は同じ相手と添い遂げるのを好むとか、あるいは男のほうが身体も大きくて力も強いから、自然に優位に立ったのではと想像したり。性別には一連の生物学的な違いがあるとする考えは、私たちを社会のなかで異なった役割へと仕向けてきた。

 

科学界では、長きにわたり女性は知的に劣った存在として扱われ、意図的にこの分野から締め出されてきた。それが、科学そのものの見方や主張を歪めてきたと著者は指摘する。性差は今日、科学的研究ではきわめて注目度の高いテーマだ。

 

社会がジェンダーの違いにおよぼす影響は深刻で、命を奪うことすらある。2011年のインドの国勢調査によると、6歳以下の子どもの数が女児のほうが男児よりも700万人以上も少ないことが明らかになっている。原因のひとつは、出産前のスキャン画像が容易に見られるようになったこと。つまり親が赤ん坊の性別を早い段階で認知できるようになったからである。インド政府は1994年に男女の産み分け検査を違法にしたが、効果はあまりなかったようだ。ある女性は、自分が女の双子を生むと分かるや夫やその家族に中絶するよう圧力をかけられたという。

 

こうした女児に対する差別は、子どもの労働がいかに期待されているかを物語っている。男性のほうがタフで力強い、という考えはある面では正しい。男性は平均して女性より背が高いし、上半身の筋力は女性の2倍はある。女児の死亡統計数値をさらに衝撃的なものにするのは、じつは男児よりも女児のほうが丈夫であるという事実だ。

 

新生児医学の専門家であり、ガーナで小児科医として勤務した経験をもつジョイ・ローンの研究は、男女の乳児死亡率について興味深い事実を示してくれる。ローンによれば、男児のほうが、生後一か月間(人の死亡リスクが最大になる期間)に女児よりも10パーセント前後も多く危険にさらされている。これには生物学的な理由が関係しているという。

 

2013年にローンと共同研究者らが発表した研究によると、男児は女児よりも早産で生まれやすいのだという。男の子を身ごもった妊婦は胎盤に問題が生じやすく、高血圧になりやすいからだ。また、男児は同じ未熟な段階にある女児とくらべると、視力や聴覚の障害、脳性まひなどさまざまな身体障害に見舞われる可能性も高い。

 

「女の子に生まれつき具わった生存能力は、生涯にわたってつづくのだ。女の子は生き延びるように生まれてくるだけでなく、長じて生存しやすいのである。」

 

とするなら、世界のすべての地域において、死亡率は女の子のほうが低いはずだ。乳児死亡率の偏りは、本来なら女児に具わっている生存能力が生まれついた社会によって強引に操作されているということでもある。

 

本書は、19世紀から現代までの科学史や最新の研究成果を検証しながら、女であることの伝統的な考えについて意義を唱える。しかし、これはけっして男と女を引き離すものではない。むしろ、科学研究は私たちを男女平等の未来へ誘い、私たちを「人間」にしてくれるのではないだろうか。

 


『科学の女性差別とたたかう 脳科学から人類の進化史まで』作品社
アンジェラ・サイニー/著 東郷えりか/訳

この記事を書いた人

馬場紀衣

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文筆家・ライター

東京都出身。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。国内外の大学で哲学、心理学、宗教学といった学問を横断し、帰国。現在は、本やアートを題材にしたコラムやレビューを執筆している。舞踊、演劇、すべての身体表現を愛するライターでもある。

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