三浦天紗子が読む『ヒカリ文集』つかみどころのない女性が愛の価値を揺さぶる

小説宝石 

『ヒカリ文集』
松浦理英子/著

 

その人の存在感の本質というのは、不在時の存在感の濃さで決まる。その場にいなくても、話題にされ、絶えず思い出される人間。学生劇団「NTR」の中でその位置にいたのは、賀集ヒカリだった。だがヒカリの消息は、二年前に更新されたきりのFacebookを最後に途切れたままだ。

 

本書は、表題と同じ〈ヒカリ文集〉と名付けた「私家版の文集」という体を取る。悠高による未完の戯曲を含め、六人の寄稿者がヒカリとの思い出を綴る。特異なのは、全員がヒカリとかつて性的関係を持ったこと。不慮の死を遂げた悠高は、戯曲の中で看板俳優の裕に〈好意以上のものを語る笑顔だった〉と語らせ、レズビアンの雪実は、〈人を嬉しがらせる習慣がしみついている〉と感じた。既婚者の朝奈はヒカリの中に〈完璧な恋人としてふるまうロボットのような(略)素朴な人間らしさと甘さ〉を見て、悠高の妻・久代は〈気が小さいほど人を傷つけるのを恐れてい〉るのに気づいた。語られれば語られるほど、像が結べなくなるヒカリ。そんな彼女が評されるときについて回るのは、魅力的な笑顔と「寂しい(げ)」という表現だ。華やかで傍若無人なマドンナというより、気配りに長けた控えめな奉公人を思わせる。誰かと長く恋愛関係を育むことができないアセクシャル(恋愛感情や性的欲求を抱けない)なセクシャリティなのだろう。恋愛や性愛はエゴイズムやミーイズムも内包するし、もはや絶対的な価値観ではなくなった。むしろ優也がヒカリにかけた言葉〈一人の人を愛せないんだったら大勢の人を同時に愛すればいい〉が、利他の精神が失われている昨今、豊かな愛の表現として承認されていいように思う。

 

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『ヒカリ文集』
松浦理英子/著

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