単独無寄港で太平洋をヨットで往復|辛坊治郎『風のことは風に問え』 ニッポン放送

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『風のことは風に問え』ニッポン放送
辛坊治郎/著

 

今も昔も太平洋をヨットで横断するというのは大変な冒険である。1962年、当時23歳の堀江謙一青年が太平洋を横断した時には日米両国で大きな話題になった。堀江氏は以来60年を経た今年6月にも、世界最高齢(83歳)での単独無帰港太平洋横断を成し遂げたことが大きく報道された。

 

これに先立つ昨年の8月には、単純計算でその約2倍ともいえる太平洋の往復をヨットで達成した人がいた。ニュースキャスターの辛坊治郎氏(66歳)である。往路は出航から70日目にサンディエゴに到着した。さらに現地での滞在も一週間たらずで、再び日本を目指して出発。今度は2か月かけて日本に無事帰国した。

 

太平洋往復を単独かつ無寄港でやってのけるというのは、これまた大変な偉業である。辛坊氏に若い頃からヨット操艇のキャリアが長くあったとはいえ、実際の航海にあたっては多くの困難もあったであろう。それを裏付けるように本書では奮闘の様子が紹介される。

 

筆者も含めて、ヨットや航海の経験のない人にはなかなか想像できないような苦労の連続である。長旅を終えて帰国した直後の辛坊氏の風貌を写真や映像で見ると明らかに痩せており、笑顔の中にも苦闘の日々を送った様子が見えた。

 

もともと2013年に盲目のヨットマンと組んで太平洋横断にチャレンジしたが、クジラとの衝突で航海を断念し、自衛隊に救出された経緯があった。今回は単独での挑戦で、準備を周到に進めてきたものの、出航直前になって不備が見つかるなど波乱含みのスタートでもあった。

 

さらに出発後も序盤から軽油の流出など多くのトラブルに直面し、その対処に追われることの繰り返しであった。ヨットの重要な部品が壊れて自分で直したり、積み込んだ物資が散乱したりするなど、読む側もハラハラさせられる。

 

海が荒れる時は特に大変である。必死の思いで艇を操り、何とか立て直す様子が描かれる。食事もままならず、自然の猛威の前に、無宗教を自認する著者が神仏の加護を祈る様子は印象的だ。対照的に風がなくて艇が進まず、波が穏やかな日もあり、海の天候の落差は激しいことがわかる。そして太平洋上で見る満天の星空が感動的に美しかったというくだりも目を引いた。

 

60歳を過ぎての挑戦は傍目には無謀とも思えるが、辛坊氏が備品の選定なども含めて入念に準備したことが細部の記述からわかる。往路の目的地であるサンディエゴに辿りつくだけで、普通の人なら、おそらくそれ以上挑戦する気力や体力はなえてしまうのではないかと想像するが、辛坊氏はそうではなかった。気力を途切れさせることなく、復路にも挑む。途中再び多くの困難に見舞われるが、巧みに克服して生還を果たす。
 

人生は時に航海に例えられることがあるが、本書に描かれた辛坊氏の洋上の軌跡を見ると、まさに波乱万丈である。それを乗り越え、長年の夢を叶えるためには、何があってもあきらめない精神力と、想定外の危機に直面しても機転と応用動作で対処する行動力の重要性を教えてくれる。さらにハードな航海の中で詳細な日誌をつけ、記録としてまとめたジャーナリスト精神も強く感じさせられる渾身の作である。

 

『風のことは風に問え』ニッポン放送
辛坊治郎/著

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ビジネス・経済分野を中心にジャーナリスト活動を続けるかたわら、ライフワークとして書評執筆に取り組んでいる。英国の駐在経験で人生と視野が大きく広がった。政治・経済・国際分野のほか、メディア、音楽などにも関心があり、英書翻訳も手がける。

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