瀧井朝世が読む『ループ・オブ・ザ・コード』〈抹消〉された国の病

小説宝石 

『ループ・オブ・ザ・コード』新潮社
荻堂顕/著

 

2020年に『擬傷の鳥はつかまらない』で第七回新潮ミステリー大賞を受賞した荻堂顕。第二作の『ループ・オブ・ザ・コード』は二段組、400ページ超の大作だが、これがもう一気読みの面白さ。

 

舞台は近未来。特定の少数民族のみを殺害する生物兵器を使用したため、〈抹消〉された、とある国。歴史も名前も文化も剥奪され、〈イグノラビムス〉という国名を与えられ、全権を国連が握ったその国の児童たちの間で謎の病が発生。突如、長時間にわたり身体を丸めてコミュニケーションを断絶し、食事を拒否して衰弱していくという。世界生存機関〈WEO〉の現地調査要員のアルフォンソは現地に赴き、情報分析専門官や医師らと調査を進めていく。

 

と同時に、アルフォンソはWEO事務局長から極秘任務も言い渡される。生物兵器の生みの親の博士が兵器と共に何者かに連れ出されたというのだ。アルフォンは博士と兵器の行方も追うことになる。

 

国家的、民族的アイデンティティが奪われた国や、近未来の設定がよく練られていて引き込まれる。近未来的なツールやシステム、謎の病の調査方法なども非常にリアル。ただ、ここで描かれる内容は、現代の自分たちの日常に深く関わってくるものである。アイデンティティとは何か、優生思想や反出生主義、家族問題や男女格差、さまざまな差別と偏見、科学と民間信仰、さらには国際機関のあり方まで……。

 

それらの問題を、アルフォンソが“自分事”として向き合っている点も本作の魅力だ。ある事情から故郷と家族を捨て生きてきた彼は、同性の恋人から生殖補助医療を利用して子供がほしいと持ち掛けられて同意できずにいる。難しい案件に取り組むなかで、彼の中にどんな変化が生まれるかも読みどころ。

 

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特殊能力者はマイノリティ

 

デビュー作『君の顔では泣けない』が話題となった著者の第二作となる『夜がうたた寝してる間に』は、SF要素の入った青春小説だ。一万人に一人の割合で特殊能力者が存在し、能力を隠さずに生活している社会。時を止める力を持つ高校生の旭は、周囲に溶け込もうと常に愛想よく振る舞っている。しかし学校で奇妙な事件が起き、犯人は特殊能力者ではないかと噂されてしまう。彼は自力で犯人を見つけようとするが……。特殊能力者がマイノリティとして扱われるなかで、当事者や周囲の葛藤(かつとう)が浮かび上がる。社会の縮図を見せてくれる一冊だ。

 

『ループ・オブ・ザ・コード』新潮社
荻堂顕/著

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-syosetsuhouseki-

伝統のミステリーをはじめ、現代小説、時代小説、さらには官能小説まで、さまざまなジャンルの小説やエッセイをお届けしています。「本がすき。」のコーナーでは光文社の新刊を中心に、インタビュー、エッセイ、書評などを掲載。読書ガイドとしてもぜひお読みください。(※一部書評記事を、当サイトでも特別掲載いたします)

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