瀧井朝世が読む『金環日蝕』詐欺事件の裏側

小説宝石 

『金環日蝕』東京創元社
阿部暁子/著

 

『鎌倉香房メモリーズ』シリーズや車いすテニスを題材にした『パラ・スター〈Side百花〉』『パラ・スター〈Side宝良〉』などで注目されてきた著者が、はじめてデビュー版元以外の出版社から長篇を上梓した。

 

大学生の森川春風は家の近所でひったくりを目撃、咄嗟に犯人の男を追いかける。途中で詰襟服の少年の加勢もあったが男は逃走。しかし春風は犯人が落としたストラップに見憶えがあった。彼女が通う大学で開催された写真展で、数十個だけ販売されたオリジナルグッズだったのだ。ひったくり犯を一緒に追いかけた高校生、北原錬も関心を示し、二人は写真部の友人の協力を得、ストラップの購入者たちを訪ねていく。

 

無鉄砲だが論理的に物事を考える春風と、輪をかけて論理的でクールな錬のコンビが実に魅力的。二人が学内の購入者を一人ずつ訪ねてストラップを持っているか確認していく過程は、まさに探偵小説の読み心地。だが、第二章で経済的な苦境から詐欺に加担する大学生、理緒の視点に移ると、物語の雰囲気ががらりと変わる。春風たちが遭遇したひったくり事件と、理緒たちによる詐欺事件にどんな関係があるのだろうと想像を膨らませながら読み進めていたら、中盤で度肝を抜かれた。予想もしていなかった事実が明かされるのだ。

 

本書に登場する犯罪者はみな複雑な事情を抱えている。苦境から抜け出すため、理不尽さに対する怒りのために悪を働く人々と、悪を働かずに済んだ人々との間に明確な境界線はあるのか。その危うさを突き付けてくる物語。魅力的なキャラクターが多数登場、時にコミカルな場面も挟みつつ、訴えてくるものは大きく、重い。

 

こちらもおすすめ!

『はぐれんぼう』講談社
青山七恵/著

 

■持ち主を失った衣服に導かれて

 

クリーニング店で働く優子は、持ち主が引き取りに来ない衣服「はぐれんぼちゃん」たちを処分するよう言われ自宅に持ち帰る。翌朝、それらの衣服に纏われ導かれるように持ち主たちを訪ね回るが、彼らの反応は冷たい。その道中で謎の男に出会ったことから、優子の奇妙な冒険が始まるのだった—。

 

前半は奇妙なロードノベル風で、後半はなんと、SFのような管理社会的世界が広がる。不安が充満する今の世の中を、こんなふうに寓話的世界のなかで生々しく描き出す著者の想像力に圧倒される。

 

『はぐれんぼう』講談社
青山七恵/著

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-syosetsuhouseki-

伝統のミステリーをはじめ、現代小説、時代小説、さらには官能小説まで、さまざまなジャンルの小説やエッセイをお届けしています。「本がすき。」のコーナーでは光文社の新刊を中心に、インタビュー、エッセイ、書評などを掲載。読書ガイドとしてもぜひお読みください。(※一部書評記事を、当サイトでも特別掲載いたします)

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