ジャック・ロンドンが書き、柴田元幸が訳す珠玉の「犬」たち

金杉由美 図書室司書

『犬物語』スイッチ・パブリッシング
ジャック・ロンドン/著 柴田元幸/翻訳

 

Unsplash(James Barker撮影)

 

1876年にサンフランシスコで生まれたジャック・ロンドンは、貧困家庭で育ち、幼い頃から様々な仕事に従事する。船乗りになったり放浪者(ホーボー)になったり一獲千金を狙ってゴールドラッシュにわくアラスカに渡ったり。やがて「野生の呼び声」がベストセラーになり、40歳で自死するまでに50冊以上の著書を刊行し200篇以上の短編を生み出した。書いて書いて書きまくった。その生涯は、まさに波乱万丈。生み出した物語も動物モノから海洋冒険小説、SF、社会主義小説と実に多彩。肉体労働で鍛え上げた強靭な身体、独学で培った知性、情熱的な野心と好奇心、ほとんど推敲することもなく恐ろしいスピードで執筆する集中力。

 

本書は、そんなめちゃめちゃに興味深く魅力的な作家ジャック・ロンドンの作品の中から、柴田元幸が精選し訳した5篇が収録されている。
タイトルのとおり「犬」しばり。
白いオオカミが氷塊を飛び渡る写真がカバーに使われていて目を惹く。これは動物写真家ジム・ブランデンバーグの代表作のひとつ。本書に登場する犬たちも、このオオカミのように極寒の地で生きてきた。

 

「ブラウン・ウルフ」は、愛情に毛皮を被せた動物である犬の本質を描き出した作品。
まったく一文も無駄がないことに驚く。絶望的なほど美しく哀しい名篇。

 

「バタール」では犬と飼い主との憎しみで結ばれた関係が冷徹に描写される。その憎しみから生まれる執着心は、愛とほとんど変わらないくらいの熱量を帯びている。狂気に満ちた物語。

 

「あのスポット」は、疫病神のような犬に憑りつかれた男たちの話。その犬は、どこまでもどこまでも、夢の中までも追いかけてくる。なにそろ「あのスポット」なのだから。ブラック・ユーモアが秀逸。

 

「野生の呼び声」は著者の代表作。豊かな家の飼い犬として幸せに暮らしていたバックが、盗み出され売られて橇犬として過酷な環境に投げ込まれる。ゴールドラッシュ当時の狂騒がリアル。日本では児童書的な扱いだけど、本書に収められた他の4作の要素がすべて含まれていて、あらためて読むとその深さに唸らされる。ペットとしてではなく橇犬という相棒として犬に接してきたからこそ書けた名作。

 

「火を熾す」は、極寒の地で禁断の独り旅をする男が直面する悲劇。
実は2ヴァージョンあって、ここに収録されているのは1902年版。
1908年版が存在し、そちらは柴田元幸の編訳『火を熾す』、千葉茂樹編訳『世界が若かったころ』などで読むことができる。最も大きな違いは「犬の存在」。1908年版では男は犬を連れているのだ。
犬しばりの本書に、あえて犬のいないヴァージョンが入っているのがミソ。
犬の存在で物語がどれほど違ってくるのか、ぜひ読み比べてほしい。
ちなみに結末もまったく違います。

 

何度でも飽かず読み返せる、読むたびに心震える、珠玉の作品集。
そして毎回読後にしみじみ思うけれど、人間なんて犬にくらべれば、あらゆる意味で劣る生物だよね。ありがとうイッヌ。

 

こちらもおすすめ。

『馬に乗った水夫』早川書房
アーヴィング・ストーン/著 橋本福夫/翻訳

 

ジャック・ロンドンには自伝的作品も多いけれど、これは第三者による伝記ノンフィクション。貧しさから才覚と努力で這い上がったジャック・ロンドンは、狼城と名付けた豪邸を完成間近に火災で失い、失意の中で死を選ぶ。
まるで『グレイトギャツビー』のギャツビーのよう。フィッツジェラルドが『グレイトギャツビー』を書いたのがロンドンの死の9年後だということを考えると、モデルにした可能性がほんのりとでもないだろうか?
ちなみにジャック・ロンドンはなかなかのイケメン。

 

『犬物語』スイッチ・パブリッシング
ジャック・ロンドン/著 柴田元幸/翻訳

この記事を書いた人

金杉由美

-kanasugi-yumi-

図書室司書

都内の私立高校図書室で司書として勤務中。 図書室で購入した本のPOPを書いていたら、先生に「売れている本屋さんみたいですね!」と言われたけど、前職は売れない本屋の文芸書担当だったことは秘密。 本屋を辞めたら新刊なんか読まないで持ってる本だけ読み返して老後を過ごそう、と思っていたのに、気がついたらまた新刊を読むのに追われている。

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