DSM-ⅣとDSM-5の違い
岡嶋裕史『大学教授、発達障害の子を育てる』

 

なんだか自閉症についてのお勉強的な話が長くなってしまった。

 

意識あわせをしておいた方が、今後の連載が読みやすくなるだろうと考えての措置なのだが、自分にまつわる出来事や気持ちを書くよりも、調べ物をして数値を列記する方が好きだ、という理由もきっと寄与している。こうした性向も、自閉的と言えば自閉的である。

 

小学校の担任の先生に、「岡嶋くんの作文は、議事録みたいだね」と言われたことがある。事実を並べるのは好きでも、自分の気持ちを書くのは不得手なのである。

 

小学校の授業でも、融通が利かないというか、「先生、それは先ほどのお話と矛盾します」などと、よくやってしまっていた。今思い返すと、嫌な児童だったと思う。

 

さすがに、嫌がられているなあという雰囲気くらいはわかるし、わかれば学習もするものなので、授業中に先生の間違いを見つけても、先生の目を見て微笑むくらいに留められるようになった。そうすると、先生も苦虫を噛み潰したような表情で微笑み返してくれるのだ。輪をかけて嫌な子どもである。

 

この自分の特性にはいつも違和感を覚えていたし、なるべく短めの人生でこの苦労を終えたいとも思っていたが、大学の教員になってみるとお仲間がたくさんいて、少し違和感がやわらいだ。たとえば、年がら年中、沈鬱な思索に耽っている先生がいて、一度も笑顔を見たことがなかったのだが、あるとき事務室で満面の笑みを浮かべながら教授会議事録を読破していた。気をつけて見ていると、どうやらまとまった時間があると議事録を読み返すのが彼の娯楽らしいのである。ときおり、笑い声さえ聞くようになった。

 

お断りしておくが、議事録などというものは、民間企業であろうと学部教授会であろうと、決して読んで面白いようなものではない。娯楽性は皆無であり、導眠剤がわりに使えること請け合いである。彼のその背中を見て、ぼくは自分の居場所が確保された思いがした。

 

自閉症の話に戻ろう。

 

前回までDSM-Ⅳのことを書いてきたが、これが2013年に改訂され、DSM-5になった。今のところ、DSM系列の一番新しい診断マニュアルである。

 

思い出してみて欲しいが、DSM-Ⅳでは、発達障害という大きなグループの中に、広汎性発達障害、ADHD、LDが含まれていた。このうち、広汎性発達障害は概ね自閉症だと考えてよい。

 

それがDSM-5では、自閉症スペクトラム障害(ASD)、ADHD、LDとそれぞれ独立したのである。ちょっと雑かもしれないが、シンプルにまとめると、Ⅳでは知的障害と発達障害が並んでいて、発達障害の中に自閉症やADHD、LDがあったのが、5になると知的障害、自閉症スペクトラム障害、注意欠陥・多動性障害(DSM-Ⅳより言い方がマイルドになった:ADHD)、限局性学習障害(LD)が同格になったイメージである。

 

なお、自閉症……はともかく、注意欠陥・多動性障害や学習障害と聞くと、「なんだかうちの子も当てはまるのでは?」と不安に感じる親御さんもおられるかもしれないが、多くは気にする必要はないと思う。子どもは、多かれ少なかれ、自閉的であったり、注意欠陥・多動的であったり、学習障害的であったりする。診断が下り、手帳がもらえるような注意欠陥・多動性障害の子は、比喩でなく「本当に1秒も止まっていられない子」だったりするのだ。療育施設でたまたまADHDの子の遊び相手をする機会があったが、本当に疲れた。楽しかったけど。

 

今は情報過多であるので、ぼくの分野では少しの法律違反も我慢ができない「法の完全執行問題」(今までだったら見過ごしたり、なあなあにしてきた軽微な違法行為をすべてあげつらうようなこと)をどう処理するのかが取り沙汰されているが、子育ても同様である。ちょっとでも定型発達の子と違う要素があると、ついドクターショッピングを繰り返してしまったりすることがあるが、もう少しおおらかに子育てが楽しめるといいと思う。

 

DSM-5では複雑だった広汎性発達障害の分類もまるっとまとめられて、自閉症スペクトラム障害になった。

 

【広汎性発達障害】
・自閉性障害
・レット障害
・小児期崩壊性障害
・アスペルガー障害
・特定不能の広汎性発達障害

 

これらが統合されたり、主因がわかって別の障害へと追い出されたりして、【自閉症スペクトラム障害】に一本化されたのである。たとえば、自閉性障害と特定不能の広汎性発達障害は、程度の違いがあるだけで、自閉的傾向という意味合いでは同じものである、ということだ。

 

次回は、ではそもそも自閉とは何なのだ? について話そう。

大学の先生、発達障害の子を育てる

岡嶋裕史(おかじまゆうし)

1972年東京都生まれ。中央大学大学院総合政策研究科博士後期課程修了。博士(総合政策)。富士総合研究所勤務、関東学院大学准教授・情報科学センター所長を経て、現在、中央大学国際情報学部教授、学部長補佐。『ジオン軍の失敗』(アフタヌーン新書)、『ポスト・モバイル』(新潮新書)、『ハッカーの手口』(PHP新書)、『数式を使わないデータマイニング入門』『アップル、グーグル、マイクロソフト』『個人情報ダダ漏れです!』(以上、光文社新書)など著書多数。
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