Canon’s note 1. 『ミリオンダラー・ベイビー』
映画がすき。〜My films, my blood 〜

BW_machida

2022/05/27

「クリームソーダとゆでたまご」

 

わたしには愛してやまない映画がある。
「こんなに悲しい映画は二度と観たくない」
当時17歳だった私の隣に座っていたマミーが涙を流しながらそう言った。
それがクリント・イーストウッド監督「ミリオンダラー・ベイビー」との出会いだった。
マミーが二度と観たくないと言い放ったこの作品を、私は毎年12月31日に必ず観る。どうしようもなく落ち込んでしまった時にも観る、心の栄養剤でもある。

 

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「ミリオンダラー・ベイビー」(監督:クリント・イーストウッド、主演:ヒラリー・スワンク、日本公開:2000年)

 

貧しい環境で育った主人公のマギーが、プロボクサーになることを夢見て、優秀なボクサーを輩出してきたフランキーの経営するジムの門を叩く。見るからに頑固ジジイのフランキーに「年をとり過ぎている、女はごめんだ」と断られながらも、マギーは持ち前のガッツと才能でフランキーを振り向かせ、最後にはフランキーと共に栄光を掴むお話…。

 

そう書いてしまうと、多くの人が騙された、後味が悪すぎる、と言うかもしれない。

 

確かにマギーとフランキーは最後に悲しすぎる別れを迎えるが、でもそれは本当に「バッドエンディング」なのだろうか。

 

家族からの愛情を受けられなかった孤独な女と、その不器用さゆえ娘に見放されてしまった男。物語が進んでいくにつれて2人の間に師弟を超えた、親子、恋人にも思えるような愛情が芽生えていく。
そしてマギーはミリオンダラー(一億円)プレイヤーとなる。

 

しかしマギーが栄光を掴んだ瞬間、物語は急展開を迎える。ここからの展開が悲しすぎると言う人も多いが、物語を完成させるためにはこの最後のピースが不可欠だ。過酷な境遇で育ったマギーは、唯一の生きがいであるボクシングを通してフランキーと出会い、二人三脚で輝かしい人生の頂点へとたどり着くが、そこから思わぬ運命に翻弄され、あっという間に奈落に突き落とされた彼女は最後に、己の尊厳を守るための選択をする。彼女の選択を尊重したフランキーは、彼女の願いを受け入れ、ある行動をとる。その直前に、フランキーは彼女に贈ったガウンに記した「モ・クシュラ」の意味を告げる。それを聞いた彼女の、その最期の笑顔が忘れられない。自分の人生を闘い抜いた者にしかできない微笑み。ボクシングだけでなく、人生のゴングが鳴り終わるまで彼女は気高く闘い抜いた。ここは、愛されることを知らなかったマギーが、愛することをしらなかったフランキーの大きな愛を受け止めるクライマックスシーンでもある。なんて美しいのだろう。このエンディングを観たとき、私は女優になろうと決意した。

 

この映画の中で大好きなシーンがある。
マギーとフランキーが、マギーの故郷にある父との思い出のダイナーでレモンパイを食べるシーンだ。白髪の渋いオヤジが、娘ほど歳の離れた女性とダイナーのカウンターに腰掛け、レモンパイに舌鼓を打ちながら「このまま死んでもいい」と微笑む。まるで本物の父娘のような眼差しを交える2人。甘酸っぱいレモンパイを通して2人の関係性がより深まる。

 

フランキーと同じように、私の父も本当にどうしようもなく不器用な人で、365日家にいる主夫で、大酒飲みで…。
私はそんな父と衝突することが多く反抗期がとても長かった。

 

幼い頃、日曜日に父と散歩に出かけると必ず、父は私をパチンコ屋に連れて行った。父から千円札を渡され訳もわからずパチンコ台に1人座り、しばらくハンドルを握っていると、勝ったのか負けたのか、何とも言えない顔をした父が帰るぞと声をかけてくる。帰りにはいつも喫茶店に連れて行かれ、大人しく待っていたご褒美か、父はおもちゃみたいな真っ赤なさくらんぼの乗ったクリームソーダとゆで卵を頼んで私に食べさせてくれた。

 

父は黙ってブラックコーヒーを飲んでいただけだけれども、甘いクリームソーダと固茹での卵に私は父の不器用な愛を感じていたのかもしれない。
マギーにとってのレモンパイは、わたしにとってのクリームソーダとゆでたまごなのだ。

 

いつか自分の父の話をしながら、今わたしを娘のように可愛がってくれているあの人と、クリームソーダとゆでたまごを食べたいな。
なんて、2021年は思った。

 

映画は観る人の、その時々の状況によって感想が変わるものだ。「ミリオンダラー・ベイビー」を最初に観た17の私と、今の私。最初に観た時の感動は揺るがないが、毎年、以前には気付けなかった新たな発見がある。

 

映画と共に歩む人生。
映画と共に自分の人生を振り返る。

 

あなたの人生の一本は何ですか?

 

レトロ喫茶にて。ゆでたまごはなかったけれど、懐かしのクリームソーダ、思い出の味。

 

発売元:アイ・ヴィー・シー
価格:Blu-ray¥6,380 DVD¥1,980 (税込)

縄田カノン『映画がすき。』

縄田カノン

Canon Nawata 1988年大阪府枚方市生まれ。17歳の頃にモデルを始め、立教大学経営学部国際経営学科卒業後、役者へと転身。2012年に初舞台『銀河鉄道の夜』にてカムパネルラを演じる。その後、映画監督、プロデューサーである荒戸源次郎と出会い、2014年、新国立劇場にて荒戸源次郎演出『安部公房の冒険』でヒロインを務める。2017年、荒井晴彦の目に留まり、荒井晴彦原案、荒井美早脚本、斎藤久志監督『空の瞳とカタツムリ』の主演に抜擢される。2019年、『プリズナーズ・オブ・ゴーストランド』にてニコラス・ケイジと共演、ハリウッドデビューを果たす。2021年には香港にてマイク・フィギス監督『マザー・タン』に出演するなど、ボーダレスに活動している。高倉英二に師事し、古武道の稽古にも日々励んでいる。趣味は映画鑑賞、お酒、読書。特に好きな小説家は夏目漱石、三島由紀夫、吉村萬壱。内澤旬子著『世界屠畜紀行』を自身のバイブルとしている。
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