「一之輔追っかけの決死隊」【第46回】著:広瀬和生
広瀬和生『21世紀落語史』

21世紀早々、落語界を大激震が襲う。
当代随一の人気を誇る、古今亭志ん朝の早すぎる死だ(2001年10月)。
志ん朝の死は、落語界の先行きに暗い影を落としたはずだった。しかし、落語界はそこから奇跡的に巻き返す。様々な人々の尽力により「落語ブーム」という言葉がたびたびメディアに躍るようになった。本連載は、平成が終わりを告げようとする今、激動の21世紀の落語界を振り返る試みである。

 

50日間の真打披露興行で一之輔が高座に掛けた演目数は24。最初の11日間は毎日演目を変え、そのまま最後まですべて違う噺をやるのではないかとさえ思わせた。

 

僕は平日の昼は仕事があって寄席に行けないので、上野鈴本と新宿末廣に重点的に通った。(国立演芸場での大千秋楽はありがたいことに日曜だったので行くことができた)

 

鈴本の10日間が終わったときに気が付いたのは、一之輔が毎日違う演目なだけでなく、師匠の一朝もまた10日間すべて違う演目だったこと。「この師弟すごい!」とビックリした。一之輔が12日目に演った『あくび指南』は上野鈴本でも演っていたので「毎日違う」のは11日間でストップしたが、一朝は16日目まで違う噺を演り続けた。

 

この披露目で僕が聴いた一朝の演目は『芝居の喧嘩』『祇園祭』『たいこ腹』『看板のピン』『強情灸』『蛙茶番』『湯屋番』『初天神』『七段目』『紙屑屋』『家見舞』『浮世床』『日和違い』『不精床』『たがや』『短命』等々。どれもメチャメチャ面白く、僕は改めて一朝の底力を知った気がした。「惚れ直した」と言ってもいい。50日間トリを務めた一之輔も見事だったが、同時に一朝がその真価を遺憾なく発揮した50日間でもあった。

 

この披露目での一之輔の高座で強く印象に残っているのは、上野鈴本大初日のハジケまくった『粗忽の釘』、そして新宿末廣3日目の『らくだ』である。

 

4月3日は暴風雨が東京を襲って交通機関にも影響があり、寄席興行自体が中止になってもおかしくない状況だった。だが新宿末廣亭には嵐をものともしない「一之輔追っかけの決死隊」が集結、一階は満席に近い状態となった。そんな中で一之輔は、死人が出るのでめでたい披露目には向かないはずの『らくだ』を、あえて演じたのである。「こんな状況だし『らくだ』でもやっちゃえ!」と思ったのかどうかは知らないが、一之輔の「気」のようなものが客席に一体感を生んだ、迫力満点の『らくだ』だった。

 

50日間の寄席での披露興行を追えて2ヵ月後の2012年7月25日、新宿の紀伊國屋サザンシアターで「TOKYO FM 半蔵門寄席スペシャル『わたし、ラジオの味方です4』〜春風亭一之輔×柳家喬太郎〜」というイベントが行なわれた。TOKYO FMで毎週火曜日深夜1時30分から放送されていたラジオ番組『柳家喬太郎のキンキラ金曜日』の公開収録を兼ねた落語会で、喬太郎と一之輔が2席ずつ落語を披露する他、番組アシスタントの柴田幸子アナを交えてのトークコーナーがあった。そのトークで喬太郎が、気遣うような口調で「プレッシャーが凄いでしょう?」と一之輔に問いかけたところ、一之輔はあっけらかんと「いや、そうでもないですよ」と答えた。それは強がりでも何でもなく、本心だろう。一之輔には、プレッシャーをプレッシャーと感じない芯の太さがあるし、だからこそ一之輔の落語は面白い。その日演じた『鈴ヶ森』と『あくび指南』の爆発的な可笑しさは、あの人気者の喬太郎を完全に食っていた。

 

当時よく一之輔は高座で「今がピークかも」と言っていて、もちろんそれは自虐ネタではあるにせよ、実際そうした例は山ほどある。だが一之輔は「21人抜きの抜擢昇進」を見事にジャンピングボードとした。真打昇進以降の活躍ぶりは、文字どおり「快進撃」と言っていい。一之輔は、登場人物が自在に暴れる高座の圧倒的な面白さでリピーターをどんどん増やしていった。2013年からは毎年「春風亭一之輔のドッサりまわるぜ」と銘打った全国ツアーを行ない、地方での基盤も着実に築いている。

 

一之輔の知名度が飛躍的にアップしたのは2017年。NHK総合テレビの『プロフェッショナル 仕事の流儀』が4月10日放送の回で一之輔を特集したのである。この番組が落語家を取り上げたのは2008年の柳家小三治以来2人目。この放送によって、一之輔は一気に「全国区の落語家」となった。

 

今や「最も売れている落語家」の1人である一之輔だが、多忙を極めながらも着実にネタ数を増やしている。2014年から毎年よみうり大手町ホール(客席数501)で行なったネタおろしの独演会では、初年の「一之輔一夜」でネタおろし1席、翌年「一之輔二夜」でネタおろし2席、以下「三夜」で3席、「四夜」で4席と続き、2018年の「五夜」では『ねずみ』『付き馬』『帯久』『意地くらべ』『中村仲蔵』の5席をネタおろしした。この独演会は「大ネタ初演」を売りにしたものだったが、こういった企画とは無関係に寄席向けの根多も増やし続けている。ちなみに2017年の「四夜」を終えた段階で一之輔のネタ数はちょうど「200」に到達、2018年1月現在は「210」にまで増えているという。

 

ネタの多さ以上に重要なのは、何度となく聴いた得意ネタでも、聴くたびに進化していて毎回新鮮に笑えること。この「得意ネタのブラッシュアップ」という点において、一之輔は誰にも引けを取らない。だからこそ一之輔は追いかけ甲斐がある。かつて柳家さん喬が「公開小言」で弟子の喬太郎に説いた「今日のハンバーグは昨日のハンバーグとは違いますよ、という気持ちで提供する」ことが、一之輔には自然にできているのだ。

 

『プロフェッショナル』で一之輔は、こんな風に言っている。

 

「目の前ですね、一席一席だな。常連さんや初めて来るお客さんに笑ってもらう、その責任を果たすだけです」

 

そう、それこそが一之輔の真骨頂なのである。

21世紀落語史

広瀬和生(ひろせかずお)

1960年生まれ。東京大学工学部卒。ハードロック/ヘヴィメタル月刊音楽誌「BURRN! 」編集長。落語評論家。1970年代からの落語ファンで、年間350回以上の落語会、1500席以上の高座に生で接している。また、数々の落語会をプロデュース。著書に『この落語家を聴け! 』(集英社文庫)、『落語評論はなぜ役に立たないのか』(光文社新書)、『談志は「これ」を聴け!』(光文社知恵の森文庫)、『噺は生きている』(毎日新聞出版)などがある。
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