母を失った裸の魂が、最初の叫びの場所にたどり着く【第63回】著:川崎大助
川崎大助『究極の洋楽名盤ROCK100』

戦後文化の中心にあり、ある意味で時代の変革をも導いた米英のロックミュージック。現在我々が享受する文化のほとんどが、その影響下にあるといっても過言ではない。つまり、その代表作を知らずして、現在の文化の深層はわからないのだ。今を生きる我々にとっての基礎教養とも言えるロック名盤を、作家・川崎大助が全く新しい切り口で紹介・解説する。

39位
『ジョン・レノン/プラスティック・オノ・バンド』ジョン・レノン(1970年/Apple/英)

Genre: Rock
John Lennon / Plastic Ono Band – John Lennon (1970) Apple, UK
(RS 23 / NME 133) 478 + 368 = 846

 

 

Tracks:
M1: Mother, M2: Hold On, M3: I Found Out, M4: Working Class Hero, M5: Isolation, M6: Remember, M7: Love, M8: Well Well Well, M9: Look at Me, M10: God, M11: My Mummy’s Dead

 

邦題は「ジョンの魂」だった。たしかに「魂」っぽい。鐘の音のあと、赤子が叫ぶような一声から始まる「マザー」(M1)で幕を開ける本作は、ジョン・レノンが裸の自分をむき出しにしたような1枚であり、彼の最初のソロ・アルバムだった。

 

本作の妙な原題は、同時期に発表されたオノ・ヨーコのアルバムが『Yoko Ono / Plastic Ono Band』であり、これと対になっているからだ。ジャケット写真も両者ともに同じ構図で制作されていた。ゆえに本作は、ビートルズの末期から、音楽を含む様々な活動を継続してオノとともにおこなってきたレノンが、「ひとり立ち」するために必要だった1枚、と見るのが正しい。

 

そしてこのように、レノンが「裸になった」姿もまた、多くの人々に影響を与えた。彼はロック界のスーパースターであり、カウンターカルチャーの最前線にて若者の視線を一身に集めていたからだ。このあとに続く、70年代初頭の米英の「シンガー・ソングライター・ブーム」と呼ぶべき一連の流れの起源のあたりに本作は位置する。まるで日本の私小説のように(ちなみに、英語文学の世界には「私小説」という概念はない)、現実の「私」をさらけ出し、虚飾を捨て、実名で訥々と「目の前の生活」について歌う――というようなロックやフォークの作品が一気に増えた。日本では「ニューファミリー」なんて和製英語が流行した、そんな時代だった。

 

と、そんな流れのなかでも、広く愛される名曲多数なのが彼らしい。M2、M5、M7、M9あたりの人気はとても高い。そしてなんと言ってもM10。「神とは僕らの苦痛を計るための観念でしかない」として、キリストも聖書もプレスリーもディランもビートルズも「僕は信じない」と歌う。そして信じるのはヨーコと自分自身であり、それが現実なんだ、と……心の独立宣言とも呼べそうなこのナンバーによって、しかし皮肉にも彼は、新しい時代のカリスマとして再臨することになる。

 

本作のレコーディングは、とても小規模におこなわれた。リンゴ・スターのドラムスとクラウス・フォアマンのベースを据え置きに、ビリー・プレストンと(一応プロデューサーでもあった)フィル・スペクターが1曲ずつピアノを弾いたほかは、ギター、ピアノ、オルガンをレノンが弾いて、こつこつと作り上げられていった。素朴に、そしてまるで心理療法の一環のようにして、本作は生み出された。

 

次回は38位。乞うご期待!

 

※凡例:
●タイトル表記は、アルバム名、アーティスト名の順。和文の括弧内は、オリジナル盤の発表年、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●アルバムや曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、収録曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
●収録曲一覧は、特記なき場合はすべて、原則的にオリジナル盤の曲目を記載している。

 

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究極の洋楽名盤ROCK100

川崎大助(かわさき・だいすけ)

1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌『ロッキング・オン』にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌『米国音楽』を創刊。執筆のほか、編集やデザ イン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌『インザシティ』に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)がある。

Twitterはこちら@dsk_kawasaki

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