地殻変動を誘発した「魔法」のポップが彼を王座につけた―マイケル・ジャクソンの1枚【第66回】著:川崎大助
川崎大助『究極の洋楽名盤ROCK100』

戦後文化の中心にあり、ある意味で時代の変革をも導いた米英のロックミュージック。現在我々が享受する文化のほとんどが、その影響下にあるといっても過言ではない。つまり、その代表作を知らずして、現在の文化の深層はわからないのだ。今を生きる我々にとっての基礎教養とも言えるロック名盤を、作家・川崎大助が全く新しい切り口で紹介・解説する。

36位
『スリラー』マイケル・ジャクソン(1982年/Epic/米)

Genre: Pop, Post-Disco, Funk, Rock
Thriller – Michael Jackson (1982) Epic, US
(RS 20 / NME 131) 481 + 370 = 851

 

 

Tracks:
M1: Wanna Be Startin’ Somethin’, M2: Baby Be Mine, M3: The Girl Is Mine, M4: Thriller, M5: Beat It, M6: Billie Jean, M7: Human Nature, M8: P.Y.T. (Pretty Young Thing), M9: The Lady in My Life

 

人類史上最大の売り上げを誇るアルバムがこれだ。2017年時点で6千6百万枚を突破した、と見られている。もちろん発売当時も売れた。いや「売れに売れた」。

 

米欧、日本はもとより、アフリカや中東諸国や共産圏でも、海賊盤も含めて売れた。「そこに文明があって」電気が通っているのなら、このアルバムのファンが「かならず」いた。よほどの人種差別主義者以外は、「あらゆる人種、民族、階層の人々」が、みんなマイケル・ジャクソンのことを大好きになった。幾度も歌を聴き、ファッションを真似て、そしてもちろん、あのダンスを真似ようとした……こんな巨大現象もまた、「人類初」と言っていい規模だった。

 

アルバムからカットされた7枚のシングル(M1、M3、M4、M5、M6、M7、M8)すべてが全米トップ10入り、84年のグラミー賞ではなんと主要8部門を受賞(!)した。14分におよぶタイトル曲のMVは音楽と映像の関係を変え、今日にまで続く不滅のゾンビ人気の基盤を作り、さらには、MTVにおける「人種バリア」をほぼ完全に、木っ端微塵にまで粉砕した。

 

つまり本作が「ポップ音楽の未来」を形づくった。「今日」我々がごく普通に日々目にしている状況、米英の最新流行のポップ音楽の「メインストリーム」は、ヒップホップかR&B、もしくはダンス音楽の影響下にあるもので、白人ではなく、黒人音楽家が牽引しているのが「当たり前」――これはすべて、ジャクソンが「あまりにもかっこいいから」起きたことだ。このアルバムが「あまりにも楽しい」から、起きたことなのだ。嘘みたいな話だが本当に、彼たったひとりがこの偉業を成し遂げたのだ。まるで海を割ってユダヤの民を導いたモーゼみたいな、神々しきジャクソンの両肩には、いつの間にか「キング・オブ・ポップ」との称号が、輝いていた。

 

どの曲もきわめてよく出来ているのだが、僕が1曲挙げるなら「ビリー・ジーン」(M6)だ。モータウン25周年のショウにて、この曲を歌いながら彼はムーンウォークを史上初公開した。前作『オフ・ザ・ウォール』(79年)に続き、クインシー・ジョーンズを共同プロデューサーに迎えて本作は制作された。前作にあったのが「奇跡」ならば、まぎれもなくここには「魔法」がある。

 

次回は35位。乞うご期待!

 

※凡例:
●タイトル表記は、アルバム名、アーティスト名の順。和文の括弧内は、オリジナル盤の発表年、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●アルバムや曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、収録曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
●収録曲一覧は、特記なき場合はすべて、原則的にオリジナル盤の曲目を記載している。

 

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究極の洋楽名盤ROCK100

川崎大助(かわさき・だいすけ)

1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌『ロッキング・オン』にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌『米国音楽』を創刊。執筆のほか、編集やデザ イン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌『インザシティ』に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)がある。

Twitterはこちら@dsk_kawasaki

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