あの夏の裏っかわ、地下水脈がニューヨークの暗渠からあふれ出す―ザ・ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの1枚(後編)
川崎大助『究極の洋楽名盤ROCK100』

戦後文化の中心にあり、ある意味で時代の変革をも導いた米英のロックミュージック。現在我々が享受する文化のほとんどが、その影響下にあるといっても過言ではない。つまり、その代表作を知らずして、現在の文化の深層はわからないのだ。今を生きる我々にとっての基礎教養とも言えるロック名盤を、作家・川崎大助が全く新しい切り口で紹介・解説する。

 

2位
『ザ・ヴェルヴェット・アンダーグラウンド&ニコ』ザ・ヴェルヴェット・アンダーグラウンド(1967年/Verve/米)

 

Genre: Art Rock, Proto-Punk
The Velvet Underground & Nico – The Velvet Underground (1967) Verve, US
(RS 13 / NME 5) 488 + 496 = 984

 

 

Tracks:
M1: Sunday Morning, M2: I’m Waiting for the Man, M3: Femme Fatale, M4: Venus in Furs, M5: Run Run Run, M6: All Tomorrow’s Parties, M7: Heroin, M8: There She Goes Again, M9: I’ll Be Your Mirror, M10: The Black Angel’s Death Song, M11: European Son

 

(前編はこちら

 

 サウンド面では、アンサンブルの要が、個性派女性ドラマーの元祖、モーリン・タッカーの「軽く、オン・タイムな」ビートだった。マレットを多用し、立ち姿勢で、スネアとタムをメインにしたシンプルなドラム・セットを駆使した(シンバルは滅多に使用しなかった)。だからもちろん、「正統的」ロック・バンドのドラマーに求められる要素は、あまり満たしていない。しかし彼女のプレイそのもの、またはこのアンサンブルのありかたも「無二のもの」として後世に絶大なる影響を残した。

 

 といっても本作は、売れたわけではない。おそらく、いや間違いなく、当ランキングのなかで1、2を争うほど「当時売れなかった」。争う相手は、もちろん彼らの『ローデッド』(96位、70年)と、ヴァン・モリソン『アストラル・ウィークス』(22位、68年)だ。批評家からも、本作はほぼ完全に無視された。67年当時の「時代の気分」は、サイケデリック・ロックであり、愛し合い「花を手に」平和を希求し、マリワナやLSDを吸っては「夢を見る」ことだった。ゆえに「そんなものは、なにもない」本作は、ただひたすらに「あー縁起悪い!」とロック・ファンの多数から忌み嫌われた。「サマー・オブ・ラヴ」直前の春(3月)なのに、と……。

 

 そんな奇矯なアルバムである本作は、バンドのマネージャーでもあったアンディ・ウォーホル、ポップ・アートのスーパースターだった彼の「芸術活動」の一環としてリリースされた。だからスリーヴには(バンド名はないのに)彼の名だけがデカデカと記されている。こうした前提があって「つい」契約をしてしまったのが、新進気鋭のロック・バンドを探していたジャズの有力レーベル、ヴァーヴだった。そしてロック史に残る1枚が生み出された。ブライアン・イーノいわく、本作は「3万枚しか売れなかった」が、「買った3万人が、みんなバンドを始めた」のだという。

 

 もっと具体的に書くと、それらの「バンド」は、以下のものすべての原型となった。パンク・ロックとオルタナティヴ・ロック、アート・ロック、エクスペリメンタル音楽の大多数、インディー・ポップの多数、加えて、そうした音楽と映像、グラフィック・デザインが交差する地点にあるアート、それらと同等の感覚を織り込んだ文学、ファッション、ライフスタイル……これら全部は、このたった1枚の「ビッグ・バン」から生じた。このささやかなれど、無二の波紋から生じた。

 

次週はいよいよ第1位の発表です! 乞うご期待!

 

※凡例:
●タイトル表記は、アルバム名、アーティスト名の順。和文の括弧内は、オリジナル盤の発表年、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●アルバムや曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、収録曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
●収録曲一覧は、特記なき場合はすべて、原則的にオリジナル盤の曲目を記載している。

 

この100枚がなぜ「究極」なのか? こちらをどうぞ

究極の洋楽名盤ROCK100

川崎大助(かわさき・だいすけ)

1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌『ロッキング・オン』にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌『米国音楽』を創刊。執筆のほか、編集やデザ イン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌『インザシティ』に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)がある。

Twitterはこちら@dsk_kawasaki

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