第二十一回 ジェイムズ・ヒルトン「チップス先生、さようなら」
関取花の 一冊読んでく?

ryomiyagi

2022/03/04

だんだん暖かくなってきましたね。数日前ついヒートテックを着て出かけてしまったら、少し歩いただけで汗だくになりました。日中はコートを着なくても出歩けるような日も増えてきて、今年も春が来るんだなあとなんだかわくわくしている今日この頃です。

 

でも、何かが始まる季節ということは何かが終わる季節でもある。卒業式はもちろん、会社なんかでは人事異動が行われたり、ラジオやテレビも改編期に入ります。共に時間を過ごした何かから離れるのは、どんな理由があってもやっぱり寂しいものです。そうは言っても今はSNSも発達していますし、きっとその気になれば探し出してコンタクトをとることもできます。でも、やはりそういうものがなかった時代に出会った人というのは、会いたいと思ってもなかなか会えないですよね。

 

私の場合だと小学生の頃。時々当時を思い出しては会いたくなる人が実はいます。それは小学校5年生の時の担任のK先生。K先生は、メガネをかけた色黒のダンディーな先生で、いつも黒い半袖のTシャツに裾がゴムでキュッとなったジャージのズボンを履いていました。担任をしていただいていた年の年賀状には、たしか息子さんとテニスをしているというお話が書かれていた記憶があるので、スポーツマンだったんだと思います。それに低くて倍音のあるいい声をしていました。ですからパッと見は威厳のある感じというか、ともすれば頑固そうだなというのが第一印象でした。

 

しかしこのK先生、ものすごくギャップのある先生だったんです。まず、朝に読み聞かせの時間を作ってくれて、自分のおすすめの児童書や絵本をたくさん教えてくれました。そんなある日のこと。「幸福な王子」(出版社さんによっては「幸福の王子」だったりするようです)というお話を読み聞かせながら、先生の声が突然震えだしたのです。見れば涙を流しているではありませんか! あらすじなどは調べたら出てくると思うので割愛しますが、私もお話を聞きながら、その物語に胸を打たれました。でもそれ以上に、幼心にK先生のその姿にグッときたのを今でも覚えています。人としてのピュアさというか、まっすぐさというか、とにかくK先生のように幾つになっても心を揺らし続けながら生きる大人になりたいと思ったのでした。

 

他にもK先生の印象的なエピソードがあります。ある日の授業開始時、クラスのみんながなかなか静かにしてくれなくて、先生が2、3度注意しても始められない時がありました。そうなったら普通は大きな声で怒るとかだと思うのですが、K先生は、「よし、この時間の授業はもうやめ!」と言って、自分の似顔絵大会に変更したのです。一人一枚紙が配られ、それぞれK先生の似顔絵を描くことになりました。そうなるとみんな真剣です。思い思いに先生の絵を描きました。しばらくしてそれらは回収され、約30人の生徒が描いたK先生の似顔絵は、黒板一面に張り出されました。そしてどの似顔絵が一番いいかの人気投票が行われることになったのです。

 

その結果見事一位を獲得したのは、メガネをかけたゴリラの似顔絵。……何を隠そう、この私が描いたものでした。(もちろんかわいい感じのテイストではありましたが)今思うと本当になんて失礼なことをと反省しておりますし、当時もまさか回収されて張り出されて人気投票で一位になるなんて思ってもみなかったので、「やっちまった、これはあとでこっぴどく叱られるぞ」と思いました。

 

しかしK先生の反応はその真逆でした。「面白い!」と言って、そのゴリラの似顔絵を取り入れてさらに自分なりにアレンジした、ご自身の似顔絵マスコットキャラクターを作り上げたのです。(ちなみにK先生はイラストもお上手でした)私でいう、いつもイラストに描いているどすこいちゃんみたいな感じです。教室に貼り出す紙や名前の横など、その後もあらゆる場面でそのキャラクターを描いて、完全にK先生のシンボルとして定着させてくれました。うるさくて授業が始められないというマイナスな状況をプラスに変えただけでなく、その後も残る思い出とキャラクターまで作り上げたK先生のユーモアと人間力。あっぱれです。

 

アウェーな場所での闘いや、イライラしてしまってどうにもネガティブな感情が自分を支配してしまいそうな時、あるいは大人になっていろんなことを知りすぎて何か大事な感情を失いそうになった時、私は今でも時々K先生のことを思い出します。K先生だったらどうするだろう、と。すぐにあきらめたり力ずくで自分の思い通りに行くようにするのではなく、まず今ある場所や状況を真正面から受け入れてみる。そういう強さとしなやかさをK先生からは教わった気がしています。今どこで何をされているのかはわかりませんが、この場を借りて感謝の気持ちを伝えたいです。K先生、たった一年という短い間でしたが、本当にありがとうございました。

 

ということで前回はこんな質問をみなさんにさせていただきました。

 

今月の質問:「忘れられないお別れってありますか?」

 

恋人や友人と別れたその日の具体的なエピソードもあれば、私のように誰かと別れてしばらく経ってからその出会いにあらためて思いを馳せる、といった内容のものもありました。みなさんいつも素敵なご回答、本当にありがとうございます。今回はその中でも情景と感情が手にとるように伝わってきたこちらのメッセージをご紹介いたします。

 

お名前:にょっち
回答:花ちゃんこんにちは!大学3年生のにょっちと言います。
私の忘れられない別れは、今から4年とちょっと前の高校の剣道部の顧問の先生との別れです。女子一人で入部し、相手の面に届かない短い腕と不恰好な構えで一度も勝ったことがなかった自分。そんな私をからかう訳でも干渉しすぎる訳でもなく、見守り続けてくれた先生。異動が決まり、先生が来られる最後の大会の帰りの電車での別れでした。
どうしても勝ちたくて、でも勝てなかった。最後くらいかっこいい姿を見せたかった悔しさと、もう先生に会えない寂しさと、いろんな気持ちが混じり、電車の中で泣きました。先に降りていく先生の、優しくて、ちょっと心配したような温かい目が忘れられないです。今でも、その駅を通ると心が少しだけきゅっとします。

 

私の兄も中学高校と剣道部でした。なかなか思うようにいかず苦戦している様子もなんとなく見ていましたが、それでも続けるという姿は、当時反抗期で兄にめちゃくちゃな態度をとりながらも、内心かっこいいなと尊敬していました。私は中学生の時バスケ部に入っていましたが、身長が低くこれからはレギュラーにはなれないだろうと、高校に入る前に辞めてしまいました。その後軽音楽部に入り、そのおかげで今があるわけですが、あの時バスケに挑戦し続ける前にあきらめてしまったと言うこともできます。スポーツという、勝ち負けやレギュラー争いというものがある世界で、結果が出なくなる時を思うとやっぱり怖かった。でも、大事なのってそこだけじゃなかったよなあって、今では思います。

 

にょっちさんは、女子一人で心細いこともたくさんあっただろうに、必死で毎日の練習を頑張った。ご自身としてはかっこいい姿は見せられなかったかもしれないけれど、その闘い続ける姿を先生に見せ続けたことに間違いなく意味はあったと思います。先に降りていく先生の忘れられないその目が物語っていたのは、優しさであり、心配であり、最後まで見られなくてごめんねという気持ちもあったかもしれない。でも、何より「ちゃんと見てたよ、君なら大丈夫だよ」ということをあえて言葉にせず伝えていたような気もします。

 

音楽をやっていても思いますが、続けるって誰でもできることじゃないんですよ。結果が出なくて辞めたくなる時なんて数えきれないほどあって、私も未だにしょっちゅうです。でも、続けたからこそ得られる経験や感情って間違いなくあります。にょっちさんのように、今でもそうやって思い出せる存在ができたということだけでも意味がある。きっとそれは先生にとってもそうです。続けたからこそできた忘れられない思い出がある。それこそが人を豊かにする何よりの材料になるんです。今回、そんなにょっちさんやみなさんにぜひご紹介したい本があります。ジェイムズ・ヒルトン「チップス先生、さようなら」です。

 

「チップス先生、さようなら」
ジェイムズ・ヒルトン/著 白石朗/訳
2016年、新潮文庫

 

教師として約60年間に渡ってブルック・フィールド校に携わってきたチップス先生。物語は、老年のチップスが暖炉の前に座りながら、学校やその周辺で起こった様々な出来事を思い出すシーンから始まります。

 

過去にはささやかな出来事があきれるほどたくさんあって、いまはそのすべてが過ぎ去った歳月深くに埋もれていた–そのときには緊急に思えたさまざまな問題、その場では白熱した討論、大いに笑ったことを覚えているからこそ、いまも愉快な数々のエピソード。そういった感情のあれこれは、人の記憶から最後の名残が消し去られてしまってもなお、その意味をうしなわないのだろうか? もしそれが事実なら、なんと多くの感情が–無に帰する前の終のすみかとして–チップスにまとわりついていることか!

 

教師の職を退いてから約10年が経っても、色褪せず鮮明によみがえる日々。何千人という生徒を見てきてもなお、忘れえぬ歌の一節のように彼らの名前はチップスの頭に浮かびます。

 

……ランカスター、ラットン、リーメア、リットン-ボズワース、マクゴニゴール、マンスフィールド……。
あの生徒たちはみんなどこへ行ってしまったのかと、そう思うこともしばしばだった。かつて自分がひとつに編みあわせていた者たち……彼らはどれほど遠くにまで散らばって、編みあげた模様を壊したり、新しい模様をつくったりしているのだろう?

 

生徒とは来ては去っていくもので、その多くとはその後会うことはありません。しかし時には、人づてに彼らやその家族について知ることも。それは大戦の緊迫の中届く悲しい知らせ。長くその場所で生きるということは、たくさんの別れに向きあわねばならないということでもありました。しかし、チップスの中で彼らは間違いなく生き続けました。65歳になり退職する際のスピーチで、彼はこう語ります。

 

しかし、わたしはまぎれもなく覚えています。–みなさんをいまの姿のままで。肝心なのはその点です。わたしの思い出のなかで、みなさんは決して成長しません。ぜったいに。

 

たくさんの人に愛され、最後にはブルック・フィールド校の象徴とも言える存在になったチップス。なぜ彼がそのような人間になれたのか、細かなエピソードはぜひ本書を読んでたしかめてほしいのですが、先にひとつ言えるのは、彼はただただ実直にその職を全うし、目の前の出来事と目の前の人々と真摯に向き合ってきたということです。

 

教師として圧倒的な才能があったかと言われるとそうではなく、チップスはどちらかというと凡庸な教師でした。でも、彼は続けました。立場や勲章、時代の流れ、そして何より自己に溺れることなく、その時々の今を見つめ、その中で彼が彼であり続けることを、ただひたすらに続けたのです。

 

別れてもなお記憶に残る人というのは、結局こういう人なのだとあらためて思うと同時に、自分もこうありたいと思える、私もとても大好きな一冊です。みなさんもぜひ読んでみてくださいね。

 

 

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次の更新は4月。今はもう遠い昔ですが、部活を決めるときや大学でサークルを決めるとき、最初の体験入部とか新入生歓迎会とかって妙に緊張しました。ここで変な印象は残さないようにしておこうと思えば思うほど空回って変なことをしてしまったり、妙なハプニングに見舞われたり。みなさんもそういうことありませんでした? ということで、今回はこんな質問です。たくさんのご回答、お待ちしております!

 

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