ryomiyagi
2020/10/09
ryomiyagi
2020/10/09
個人的な話ですが、最近引っ越しをしました。当然荷物をまとめたり部屋を綺麗にしたりしなければいけないわけですが、今回は予想以上に時間がかかりました。
洋服や雑貨などの整理もまあまあ時間はかかったのですが、ダントツで時間がかかったのは本です。積読したまま読んでいない本たちや思い出の詰まった手放せない本たちがどんどん出てきて、つい手に取るたびにハッとして開いてしまいました。
私はグッと来たページなどはすぐにドッグイヤー(ページの上をぺろっと折っちゃうあれです)してしまうのですが、なぜそこのページが気に入ったのかなんて今は覚えていないわけで、でも思い出したいから結局そのページをまた読み返しちゃうんですよね。
でもそういうのってその時の気分でページを折っているから、今更読み返したところでよくわからないんです。まあいいかとそのまま片付けてしまえば良いのですが、少しすると気になってまたモヤモヤしてきて、結局また本を開いてしまう。前後数ページを読んで文脈を探ってみたり、他の箇所のドッグイヤーを確認したりしているうちに、ああそうだこの本を読んでいた時の自分はこういう時期だったな、だからこのフレーズにグッと来たんだな、などいろいろ思い出しました。私はあの瞬間がとても好きです。本を読み返すことでいつかの自分にまた出会えたり、今の自分の状態に気付けたりする。そういう発見があるのも本の良いところだなとあらためて思いました。
とまあ私の話はここらへんにしておいて、今回もみなさんからのお便りを紹介していこうと思います。先月から「関取花の今月の質問」というコーナーを設けました。そこに届いていたお便りです。
#一冊読んでく?
関取花の今月の質問:最近モヤモヤしたことはありますか?
~ とむとむ さんからのご質問~
花さんの本についてのお話、控えめに言って好きです。本への愛がじんわり伝わってきます。
実は最近、本についてモヤモヤしていることがあります。本を買おうと思ったとき、紙の本を買うか、電子書籍を買うか毎回モヤモヤしてしまいます!自宅の本棚はもうスペースがないし、でも紙の本を本棚に並べて眺めたいし、とは言っても電子書籍は軽くて読みやすいし……。
花さん!解決策はありませんか??モヤモヤモヤモヤ…
とむとむさん、ありがとうございます! 本は本当に大好きなので、そう言っていただけると私も控えめに言ってめちゃくちゃ嬉しいです。なんならもっと言ってくれてもいいんだぞ。(すぐ欲しがる)
紙の本にするか電子書籍にするか迷うモヤモヤ、わかります。私も引っ越し準備をしながら「このまま本を捨てられずに増えていく一方だとしたら、いつかヒカキンさんの住んでいるところくらい広い部屋じゃないとダメになる日が来る。でもそんな家賃払うお金ないし、都内に住むのはもう再来年には無理かもしれないな…」とかいろいろ考えちゃいました。結果、一回マジで山形県の賃貸物件を調べるところまで行きました。そして正直一瞬心が揺らぎました。一晩寝たら冷静になりましたけど。
そうなんですよ、単純に場所をとるんですよね本って。単行本なんてなんてなおさら。そんなに頻繁に読み返したりするものでもないし、それこそ引っ越しの時くらいだったりするじゃないですか。それを考えると、たしかに電子書籍のほうがいろいろといいんだろうなとも思います。でも私個人の意見で言うと、やっぱり本は紙で読みたい。あの手触りや匂いや重みがあるからこそ思い出せる何かって絶対ある気がします。
今回は、そんな紙の本ならではの手触りに感動した本をご紹介しようと思います。三好愛さんの『ざらざらをさわる』です。
『ざらざらをさわる』晶文社
三好 愛/著
この表紙のイラストの雰囲気、見たことがあるという方も多いのではないでしょうか。著者の三好愛さんはイラストレーターさんで、様々な本の表紙イラストも手がけられています。本屋さんをぐるぐると歩き回っていても一際目を奪われる独特のタッチで、私もずっと気になっていました。正体不明だけどなんだか憎めない、誰もが心に抱いているちょっとした疑問や違和感のようなものがキャラクターとして描き出されている気がして、とても印象的でした。
三好さんの書くエッセイもまた、なんとなく正体不明だった私たちの日常に潜む“ざらざら”を見事に文章で描き出してくれています。隣で訥々と話してくれているような文体も、なんだかとても心地良いのです。
中でも特に好きだったのが、「受け止める」というエッセイです。小学生の頃、急に気持ち悪くなってしまい保健室に行きたいと申し出た三好さん。すると熱血肌だった担任のK先生が、「ここに吐け!」と両手をお椀の形にして差し出してきました。断れる雰囲気でもなかったので、その善意に真っ向から対応してお椀めがけて吐いたところ、「ほんとに吐いた……」と先生に思われたのが、子供ながらにわかってしまったそうです。そしてやられたのは、このエッセイの締めの部分でした。
K先生にはわるいんですけど、その場しのぎのやさしさというのは、誰の役にもたたないんだな、ということを、私はその一件で強く感じました。
いやあ、そう。そうなんですよ。
これって中身は違えど、誰もが一度は味わったことのある感覚だと思うんです。たとえば幼稚園で塗り絵をした時、「好きなように塗っていいんだよ」と先生に言われたから一番好きな赤いクレヨンで全部を塗ったら、「だからって真っ赤にするんだ……」みたいな顔をされたとか。「疲れてるだろうし今日の晩ご飯なんでもいいよ」と彼氏が言ってくれたからカップラーメンを出したら、「いやそれは違うじゃん……」みたいな空気を出されたとか。
どちらが悪いというわけでもないから、なんとなくお互いその場をやり過ごして大体は終わっていくんですけど、なんか胸に違和感が残るんですよね。あれってなんなんだろうと思いながらも、その正体に向き合わずに、私自身これまで幾度となくやり過ごしてきました。でもこのエッセイを読んでやっと分かりました。この場合の“ざらざら”の正体は、互いの「その場しのぎのやさしさ」によるものだと。
この本の中には、三好さんがそんな様々な“ざらざら”に触れた時のエピソードが詰まっています。つまずくほどのことでもないけれど、触れるとたしかに違和感を感じるそういう瞬間って、思い返せば実は結構あるものです。共感する部分も多く、クスッとしたり深く頷いたりしながらあっという間に読んでしまいました。
そしてこの本の面白いところは、文章やイラストだけではありません。実際に“ざらざら”に触りながら読むことができるんですよ。なんていうか、物理的にも! もうこれはその手で確かめてみてとしか言えないのですが、ちゃんとちょっとざらざらしているんですよ、表紙の紙が。このざらざらを実際に両手に感じながら読むことで、感覚としてもよりスッと本の内容が身体に入ってくる感じがしました。これって絶対に電子書籍では味わえない、紙の本ならではの楽しさですよね。
とはいえ、私もこの引っ越しを期に多少の本は古本屋に売りに行くことに決めました。いろいろと整理をしているうちに、「もうこの本に頼らなくても生きていけるな」と思えるものが出てきたんです。それらをいちいちパラパラと読み返していたせいで無駄に時間はかかったし、引っ越しはめちゃくちゃバタついたけど、そういうことに気付けたのもあらためて本を読み返したからこそ。電子書籍になると、かさばらないぶん何かの時に整理しようとか読み返そうとかなかなか思わなくなるのかなあと思うと、なんだかもったいないような気もするのです。
引き続きみなさんからの質問、メッセージも募集しております。
#本がすき
#一冊読んでく
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