第二十四回 北大路公子「頭の中身が漏れ出る日々」
関取花の 一冊読んでく?

ryomiyagi

2022/06/03

少し前、レインスティックという楽器を買いました。筒状の入れ物の中に何かしらの粒々が入っていて、傾けるとそれがサラサラと下に向かって流れ、まるで雨のような音がするというものです。ちなみに私が持っているのは筒状の部分が竹でできているため、バンブー・レインスティックと言うようです。

 

なぜこれを買ったかというと、無性に雨の音が聴きたくなったからです。私はどちらかというと雨の日は苦手なのですが、雨の音は結構好きだったりします。そうは言っても雨ならなんでもいいわけではなくて、厳密に言うと“ポツポツ”と傘の上に音符が落ちてくるようなやつより、音で現すと“サーッ”という感じの、シャワーみたいなやつが好みです。

 

でも、実はこのタイプの雨ってそうそう降ってくれないんですよね。それこそ間もなくやってくる梅雨の時期の雨なんかは“しとしと”という感じだし、ゲリラ豪雨とかだともっと粒が大きくてバケツをひっくり返したような感じです。だからなかなかドンピシャで好みの雨の音って聴く機会がないんです。ということで、私はレインスティックを買いました。「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」ならぬ、「雨が降らないならレインスティックを買えばいいじゃない」です。まったく、こんなことにすぐお金を使うからいつまで経っても貯金が増えないんだ。

 

ネットショップで買ったのですが、見てみると筒のペイントにも結構種類があったりして、どうせならと柄がかわいいのを優先に選んだら、いざ届いてびっくり! サイズとかを見ないでポチってしまった私が完全に悪いのですが、思ったよりだいぶでかかった。縦にしたらその高さ約80cm、私の身長は149cmですから、身体の半分以上あるわけです。オブジェがてら置いておくにしても存在感がありすぎるし、どうしたものかと一瞬戸惑いましたが、肝心なのはあくまでも音。ということで、早速筒を傾けて鳴らしてみることにしました。

 

するとどうでしょう、まさに思い描いた通りのあの雨の音がしたのです。悲しみも憎しみも何もかも洗い流してくれそうな、なんて美しく澄んだ音。そう、目を閉じればそこはまるでアフリカです。コンクリートや屋根を打つそれとはまるで異なる、自然への柔らかな着地を感じさせる音でした。湿った地面や生い茂る草木に吸い込まれるような、まさに恵みの雨……そうそうこれこれ、私はこの音が聴きたかったのです。

 

という一連の話を後日サポートメンバーにしたら、「花ちゃん、それ熱帯雨林の音だもん、そりゃ日常で聴く機会ないよね」と言われました。いや、たしかにその通りだわ。とりあえずその後も些細なことで悩みそうになったりしたら、このレインスティックを傾けるようにしています。「地球は広い、大地は無限、雨よすべてを洗い流しておくれ!」と心の中で唱えながら。大丈夫、私は今日も元気です。

 

というわけで、前回はこんな質問をさせていただきました。

 

今月の質問:「雨にまつわる思い出はありますか?」

 

一人くらいレインスティックにまつわる話があったりして、なんて思ったりもしましたが、さすがにそれはありませんでした(あるわけがない)。ですが、ちょっと私と似たにおいがするこんな回答が来ていましたよ。

 

お名前:もも
回答:花ちゃん、こんにちは! 先日、午後から雨という予報だったので出勤する時、子供に「傘忘れないように」と言った私が忘れてしまい、濡れて帰宅しました。(笑)

 

もうね、いつか私が母親になったら、ももさんと同じことを間違いなくすると思います。というかもう完全に見えました、ずぶ濡れで帰宅する自分が。しかもそういう日に限ってトイレットペーパーとかキッチンペーパーとか帰りに買っちゃったりしてね、スーパー出てから気づくんですよね。「うわ、ネギも買ったけどこれじゃ先っぽのところ雨ざらしじゃん!」とかね。

 

ちなみにそういう時、私は意地でも傘を買いません。ビニール傘って、コンビニとかで手軽に買えるからちょっと感覚麻痺しちゃいますけど、あれ結構高いですからね。一本買うならそのお金でタクシー乗れますから。立派な贅沢品ですよ。とかいろいろ考えると、結局濡れて帰宅するしかないんです、我々おっちょこちょいの国の住人は(笑)。でもいいんですよ、大人になってずぶ濡れになるなんて、そうそうあることでもないですから。あとで笑い話のひとつやふたつになれば、こっちのもんです。

 

今回ご紹介するのは、まさにそんな日常のあれこれが面白おかしく綴られた一冊。北大路公子『頭の中身が漏れ出る日々』です。

 

『頭の中身が漏れ出る日々』
北大路公子/著
2013年、PHP文芸文庫

 

実はこの本、ライブに来てくれた方が「花ちゃん絶対好きだと思う」と差し入れてくださって出会いました。うっかり電車の中で読んでしまったが最後、当時はコロナ禍になる前だったのでマスクもしておらず、ニヤニヤしながら読んでいたら隣に座っていた女性に席を移動されたという思い出のある一冊。それくらい私のツボだったということです。

 

昼から飲む酒が大好きで、確定申告の作業が大嫌い、新しく買った携帯が防水だったらすぐに水に浸けたくなっちゃうし、お正月のダラダラがずっと続けばいいのにと願う日々。個性豊かな家族に囲まれ、面倒なことは妄想でなんとか切り抜け、そしてまた酒を飲む。ざっと書いたこの時点で私としてはすでに共感しかないのですが、そんな北大路さんの毎日を綴ったこちらのエッセイ集、とにかく豊富な語彙とユニークな言葉選びが秀逸。まずは序盤で私がやられたその書き出しを一つご紹介します。

 

今更という感じではありますが、みなさま連休はいかがお過ごしでしたでしょうか。私は相変わらず内向きに暮らしており、とりたてて人生における大事というものはなかったのですが、道には迷いました。 (『新しい人生訓』より)

 

この文章を読んで、もう完全に「やられた!」と思いました。これは北大路さんに限らず常々思っていることなのですが、エッセイって個人的な話でなおかつちっぽけな話であればあるほど面白いんですよね。きっと書いている本人も、この地球上で起こっているあらゆることに比べたら、自分の生活での出来事なんてなんでもないとわかっていながら書いているんです。だから面白い。そこに生まれる少しの投げやりさというか、「べつにどうでもいいんだけど、とりあえず聞いてちょ」みたいなテンションだからこそ伝わってくるその人自身の魅力があるんです。

 

でも、そういう文章の肩の力の抜け具合って、決して狙ってできるものじゃない。面白くしてやろうとかオチをつけてやろうとか、そういう魂胆が徐々に見え始めると読んでいて冷めちゃうんですけど、北大路さんはそこが絶妙。「どうでもいいんですけど、この前ね」という感じで入ってくる書き出しの感じ、そしてそのままのテンションで話が終わっていく感じ。最高です。もちろん日々のことを綴っているので、雨の日の話もありましたよ。

 

どうしたらいいのですか神様、と私は暗い空を見上げて思った。さきほどまで眩しい夏の光を降り注いでいた空から、今は大粒の雨が落ちてきていた。肩で息をしながら、私はもう一度思った。どうしたらいいのですか神様。
それから吉田品子(推定氏名)七十一歳(推定年齢)のことを考えた。

 

それこそ出だしはももさんの出来事と同じで、傘を忘れて(あるいは持ってきていなくて)絶望しているというあるあるな状況なわけですが、なんですかいきなり吉田品子って。もうこの時点で面白い雰囲気ムンムンで、めちゃめちゃ続きが気になりますよね。ざっくり説明すると、吉田品子とは北大路さんが遭遇した何かといちゃもんをつけてくるタイプの人で、「あんたがモタモタしているから悪い」的な理由で舌打ちをしてきたり何かと嫌味な感じのことを言ってきたりする人なのですが、その人にとある姿を見せてやりたいという話です。

 

その瞬間、私は干したままの布団の存在を思い出し、すると死にゆくはずの身が一転、これがあと二ヶ月早ければ北京五輪出場決定というような素早さで立ちあがり、廊下をかけぬけ、力ずくですべての布団を取り込んだ時の、とりわけその身のこなし。つまりは目を瞠るような瞬発力と抜群のスピードと腰の入った捻りをですね、私をグズ呼ばわりした吉田品子に見せつけたいのですが、そのためにはどうしたらいいのですか神様。 (『グズの汚名をすすぎたい』より)

 

いやあ、絵が浮かびますよね。雨の時洗濯物を取り込み忘れたことに気がついた瞬間の我々って、滑稽なくらい俊敏な動きを見せますから。そして最初は意味不明だった吉田品子の突然の登場も、最後まで読むとなぜ彼女のことを思い出したのか、その理由がわかるわけです。

 

ある日とある日の出来事が、何かのキーワードをきっかけに北大路さんの頭の中でどんどん繋がっていき、それがまるで漏れ出るかのように紡がれた文章は、まさに本書のタイトル通りです。他にもお父さんと餅の話や雪かきに関する話、隣人とのハプニングや腕時計の志の話など、お気に入りを挙げろと言われたら本当にキリがないくらい。ハプニングも失敗も愚痴も妄想も、北大路さんにかかれば美味しい酒の肴の小話になっちゃうんです。

 

これから梅雨がやってきますが、傘とかタオルとか忘れ物も増えるし、洋服もきっと汚れるし、他にも雨の日ってどうしても憂鬱な気分になりがちです。そんな時でもこの本を読んだら、「まあいっか、話のネタがひとつ増えた」くらいに思えるかもしれません。ぜひみなさんも、読んでみてくださいね!

 

 

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次に更新する時にはもう7月ですね。ラッキーセブン。ということで、今回の質問はこちら。たくさんのメッセージ、お待ちしております!

 

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