試験に出る論理思考とは何か?
高橋昌一郎『<デマに流されないために> 哲学者が選ぶ「思考力を鍛える」新書!』

現代の高度情報化社会においては、あらゆる情報がネットやメディアに氾濫し、多くの個人が「情報に流されて自己を見失う」危機に直面している。デマやフェイクニュースに流されずに本質を見極めるためには、どうすればよいのか。そこで「自分で考える」ために大いに役立つのが、多彩な分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」である。本連載では、哲学者・高橋昌一郎が、「思考力を鍛える」新書を選び抜いて紹介し解説する。

 

試験に出る論理思考とは何か?

 

小林公夫『論理思考の鍛え方』(講談社現代新書)2004年

 

 

連載第11回で紹介した『東大生の論理』に続けて読んでいただきたいのが、『論理思考の鍛え方』である。本書をご覧になれば、小学校の「お受験」や難関中学入試、東大入試や医学部入試、企業採用試験や法科大学院適性試験、さらに国家公務員試験や司法試験に至るまで、出題者が共通して求める「論理思考」とは何なのか、明らかになってくるだろう。

 

著者の小林公夫氏は、1956年生まれ。横浜市立大学法学部卒業後、一橋大学大学院法学研究科博士課程修了。早稲田セミナー専任講師・顧問などを経て、現在は作家。専門は医事刑法学。とくに法学や医学にかかわる難関入試対策の指導で知られ、『「勉強しろ」と言わずに子供を勉強させる法』(PHP新書)や『東大生・医者・弁護士になれる人の思考法』(ちくまプリマー新書)など著書・論文も多い。

 

「論理思考」に関する書籍は数多いが、正攻法でアプローチすれば形式論理学に踏み込む解説書にならざるをえない。それではあまりにも無味乾燥なので、私が『東大生の論理』で試みたのが、授業風景を通して説明するスタイルだった。他にも『哲学ディベート』(NHKブックス)や『パラドックス大百科』(ニュートン別冊)のように、ディベートやパラドックスから工夫を凝らして「論理思考」を解説した作品もあるので、ご参照いただけたら幸いである。

 

さて、本書は多種多彩な「試験」から、逆にどのような「論理思考」が求められているかを探るというスタイルで、非常に興味深い意欲作といえる。これまで難関試験対策を指導してきた小林氏だからこそ、そのような発想に至ることができたのではないだろうか。

 

その小林氏の結論によれば、どの試験でも重要視されるのは、次の7つに類型化される「能力因子」である。(1) 推理能力(物事の関係性を発見する能力)、(2) 比較能力(物事を相対化して関係性の中で捉える能力)、(3) 集合能力(事物の同質性・異質性をもとに全体・部分を認識する能力)、(4) 抽象能力(具体事例から一般性を導く問題解決能力)、(5) 整理・要約能力(日本語で問題を明確にできる言語能力)、(6) 直感的着眼能力(問題のポイントに着眼し創造性を働かせる能力)、(7) 因子順列能力(上記6つの因子に優先順位をつけて最終解決する能力)。

 

たとえば「次のものの中で仲間はずれを答えなさい。オレンジジュース、リンゴジュース、トマトジュース、パインジュース」(田園調布雙葉小学校入試)も「次の語句と語句の関係が最も適切なものを選びなさい。ヨーグルト――牛乳、ビーカー―― A. 理科 B. ガラス C. 容器 D. フラスコ E. ビン」(SPI総合能力適性検査)も、対象年齢層は小学生と大学生と異なるが、同じ「比較能力」や「集合能力」を確認しようとしていることは明らかだろう。

 

小学校入試では「果物」と「野菜」の分類ができれば「トマトジュース」が仲間はずれになることがわかり、入社試験でよく用いられるSPIでは、「ヨーグルト――牛乳」が「製品――原料」の関係にあることから「ビーカー――B. ガラス」がわかればよい。

 

次の問題はいかがだろうか。「人ばかりでなく、動物の精子と卵子が結び付くときは、大きな卵(卵子)のところまで小さな精子が泳いでいきます。卵の方がほとんど動かないことの良い点を説明しなさい」(麻布中学校入試)

 

大量の精子が1個の卵子に向かい、もっとも早く辿り着いた1匹の精子のみが卵子と受精できる。つまり、最も優秀な精子の遺伝子が残るからと、進化論的な視点から解答を考える読者が多いのではないだろうか。しかし、ここで試されているのは「直観的着眼能力」である。

 

問題になっているのは「卵の方がほとんど動かないことの良い点」である。卵子は受精後に受精卵となって2個、4個、8個と細胞分裂を繰り返さなければならない。正解は、卵子には受精後にエネルギーが必要だから。動かずに栄養分を温存できるのが良い点なのである!

 

私が頭の中で思い浮かべたのは、「能力の系統樹」ともいうべきものである。根、幹、枝葉と、時とともにいずれ分岐していくとは言え、人間の能力には一本の木としてつながりがある。すなわち、大地に近い根の部分は幼児期に相当し、そこには萌芽の段階ながら豊かな可能性を秘めた様々な能力が育まれている。それらの能力は学習や体験をとおして逞しい幹に成長し、やがて専門性という枝を分岐し花や実をつける。その果実こそ、その人にもっとも適した職業、といえるのではないだろうか。(P.5)

 

多種多彩な「試験」の出題者が共通して求める「論理思考」とは何なのか、その意味を理解するために、『論理思考の鍛え方』は必読である!

<デマに流されないために> 哲学者が選ぶ「思考力を鍛える」新書!

高橋昌一郎(たかはし・しょういちろう)

國學院大學教授。専門は論理学・哲学。著書は『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『ゲーデルの哲学』(講談社現代新書)、『反オカルト論』(光文社新書)、『愛の論理学』(角川新書)、『東大生の論理』(ちくま新書)、『小林秀雄の哲学』(朝日新書)、『哲学ディベート』(NHKブックス)、『ノイマン・ゲーデル・チューリング』(筑摩選書)、『科学哲学のすすめ』(丸善)など。情報文化研究所所長、JAPAN SKEPTICS副会長。
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