直感と論理はいかにズレているか『論理パラドクス』

長江貴士 元書店員

『論理パラドクス』二見書房
三浦俊彦/著

 

まずは、「遺伝子検査」とタイトルがついている、本書に載っているある問題について考えて欲しい。

 

【ある致命的な病気の遺伝子について、あなたは検査を受けてみた。約1万人に1人しか持たない遺伝子だというのでまあ大丈夫とタカをくくっていたのだが、検査の結果、なんと陽性になってしまったのである。その検査の精度は99%だという。つまり、99%は正しい結果の出る検査なのだ。さて、あなたが陽性となった今、あなたがこの病気の遺伝子を実際に持っている確率はどのくらいだろうか。】

 

本記事を読む前に、数分時間を取ってこの問題について考えてみてほしい。

 

この問題を見て僕は、「何を言っているんだ?」と感じた。どうだろう、同じように感じた人はいるのではないだろうか。だって、「精度99%の検査」と書いてあるじゃないか。その検査を受けたら「陽性」と出た。だったら、「99%の確率」でこの病気の遺伝子を持っている、となるに決まってるじゃないか。それ以外のどんな答えがあり得ると言うのだろう。僕は、恐らく著者が想定しているだろう通り、そんな風に考えた。

 

しかし、解答を読むと、まったく違うのだ。先に答えだけ書くと、「精度99%の検査」を受けた僕がこの病気の遺伝子を実際に持っている確率は「1/102」、つまり「約0.98%」ということになる。

 

いやー、驚いた!正直言って「意味が分からん!」と思ったのだが、解答をちゃんと読んで納得した。しかし、これほど直感に反する答えが出てくるとは驚きだ。

 

本書はこんな風に、「直感と論理がいかにズレるか」を様々な実例から示してくれる作品でもある。もちろん、そうではない問題も様々にあり、バラエティに富んだ頭の使い方が要求される。本書を読むことで、「論理的に考えること」がいかに大事であるかが実感できるだろうと思う。ニュースなどで様々な数字やデータが出てくるが、この「遺伝子検査」の問題は、「それらがどういう意味を持つのか」「直感ではこうだが、実際にはどうなのか」と、一度立ち止まって考えるきっかけにもなるのではないかと思う。

 

さてそれでは、この確率が何故「約0.98%」という非常に低いものになるのか説明しよう。ここからは、以下の図を使って進めていく。

 

 

まず、人口が100万人の街を考えよう。この病気の遺伝子を持つ人は「1万人に1人」なのだから、この街には「病気の人が100人」「病気ではない人が999900人」がいることになる。

 

まず「病気の人100人」について考えよう。この人たちが「精度99%の検査」を受けるとする。そうすると、「正しい結果を出す確率が99%」なのだから、「陽性と出る人が99人」「陰性と出る人が1人」ということになる。

 

「病気ではない人999900人」も同じように検査を受けると、今度は「1%の確率で間違った結果を出してしまう」と考えればいいので、999900人の内、1%である9999人には「間違った結果」である「陽性」が出てしまい、残り989901人には「正しい結果」である「陰性」が出ることになる。

 

さてこれで準備は整った。今この街の全住民に対して「精度99%の検査」を行ったとすると、陽性と出るのが「99人+9999人=10098人」、陰性と出るのが「1人+989901人=989902人」である。陽性と出てしまった10098人の内、実際に病気であるのは99人だ。だから、「陽性という結果を受け取った人」の中で「実際に病気の遺伝子を持つ人」の割合は「99÷10098=1/102」、つまり確率では「約0.98%」ということになるのだ。

 

どうだろうか。これはちょっと驚くべき結果ではないだろうか。少なくとも、僕はメチャクチャびっくりした。「精度99%の検査」で「陽性」となったにも関わらず、実際に病気である確率が「約0.98%」なんて、直感的にはなかなか信じられない結果だ。もちろんこれは、この病気の遺伝子を持つ人が「1万人に1人」という低い割合でしか存在しない、という条件による。例えばこの問題の設定を「100人に1人」に変えると、「陽性という結果を受け取った人が実際に病気である確率」は「50%」とかなり高くなる(とは言え、それでも50%なのか、という感じもするのだが)。逆に、「陽性という結果を受け取った人が実際に病気である確率」が「90%以上」となるためには、病気の確率や検査の精度がどんな条件であれば良いのかを考えてみるのも面白いかもしれない。

 

本書は「パラドクス」というだけあって、有名なパラドクスの問題も多く収録されている。

 

「クレタ人の嘘つきパラドクス」「床屋のパラドクス」「抜き打ち試験のパラドクス」なんかは結構有名だろう。他にも、相手が正直者か嘘つきか分からない状態でたった一つ質問するだけで正しい道を選ぶ「天国への道」、世界中の一流数学者たちを翻弄した、実際のクイズ番組が元になった「モンティ・ホール問題」、ゲーム理論という分野で有名な「囚人のジレンマ」、哲学の世界で有名な「トロッコ問題」など、考えれば考えればほど袋小路に陥っていくような問題が多数扱われている。

 

正直に言うと、僕は本書を最後まで読み通していない。時々思いついた時にパッとめくって考えてみる、というような読み方をしている。ほぼほぼすべての問題が一筋縄ではいかないので、最初から最後までスルスルっと読めるなんてことはまずあり得ないのだ。例えばトイレにでも置いておいて、ちょっとした時間に考えてみる、なんていう読み方をしてみるのもいいかもしれない。

 


『論理パラドクス』二見書房
三浦俊彦/著

この記事を書いた人

長江貴士

-nagae-takashi-

元書店員

1983年静岡県生まれ。大学中退後、10年近く神奈川の書店でフリーターとして過ごし、2015年さわや書店入社。2016年、文庫本(清水潔『殺人犯はそこにいる』)の表紙をオリジナルのカバーで覆って販売した「文庫X」を企画。2017年、初の著書『書店員X「常識」に殺されない生き方』を出版。2019年、さわや書店を退社。現在、出版取次勤務。 「本がすき。」のサイトで、「非属の才能」の全文無料公開に関わらせていただきました。

関連記事

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitterで「本がすき」を