不思議な飲み物「紅茶珈琲」――香港の茶餐廰から(1)
下川裕治「アジア」のある場所

撮影/阿部稔哉

 

コロナ禍で海外旅行に出られない日々が続きます。忙しない日常の中で「アジアが足りない」と感じる方へ、ゆるゆる、のんびり、ときに騒がしいあの旅の感じをまた味わいたい方へ、香港、台湾、中国や東南アジアの国々などを旅してきた作家の下川裕治が、日本にいながらアジアを感じられる場所や物を紹介します。

 

 香港の朝はいつも茶餐廰(チャーチャーンテーン)である。いや、昼も夜も茶餐廰のテーブルといってもいい。茶餐廰は日本流にいうとファミリーレストランということになるのかもしれないが、旅行者目線で語れば安食堂である。

 

 香港人の生活パターンを見ると、朝は早茶という飲茶やファストフード、昼は会社近くの茶餐廰やそのレベルの食堂、夜は家の近くの店といった感じが多い。旅行者はそれらすべてが茶餐廰といった状態に陥ることは珍しくない。とにかくなんでもあるからだ。以前は夜の居酒屋として使っていたこともある。
 僕はいつも重慶大廈(チョンキンマンション)のゲストハウスに泊まるから、足を向ける茶餐廰は決まっている。香港の物価は高い。それほどの食通でもないので、なにも考えずに茶餐廰のメニューを見ている朝が多い。重慶大廈周辺の飲茶は観光客向けで食指が動かないからだ。

 

撮影/阿部稔哉

 

 茶餐廰の朝。そこで鴛鴦茶(ユンヨンチャー)と出合った。メニューを見て、最初はなにかわからなかった。紅茶コーヒー、つまり紅茶とコーヒーを混ぜたものだとわかったが、鴛鴦はおしどり。おしどり夫婦といえば仲睦まじいいという意味になる。紅茶とコーヒーは仲がいいのか。「いや、そんなことはない。混ぜてはいけないのではないか」と拳を挙げそうになったが、好奇心が勝り、頼んでみることにした。

 

 そのときはカメラマンと一緒だった。ともに鴛鴦茶を啜り、彼が悩みながらこういった。
「疲れます。紅茶だと思って飲むと紅茶、コーヒーだと思って飲むとコーヒー。頭のなかのやじろべえが右に左へと傾いて……」
 たしかにそうだった。味以前にそのあたりに引っかった。しかし不思議飲み物も、毎朝飲んでいると、日常のなかに溶け込んでいく。いつしか、香港の朝は鴛鴦茶になってしまった。こういうタイプを主体性のない旅行者というのかもしれないが。

 

 日々、茶餐廰の漢字メニューと格闘を続けていると、鴛鴦茶の先にある香港洋食の世界にわけ入ることになる。
 たとえば麺。メニューには、米粉、通粉、意粉、公仔麺などと書かれている。それぞれ解説する。

 

米粉=通常の中国風麺
通粉=マカロニ
意粉=スパゲティー
公仔麺=インスタント麺。店によっては出前一丁と書かれている。出前一丁は香港人が大好きなインスタント麺。

 

 意粉を頼んでみる。茶餐廰のそれは、ラーメン丼のスープのなかにスパゲティーが泳いでいた。これは完全にそばではないか。スープスパゲティとは根本的に違う。硬めのスープ麺なのだ。もともとあった中国風のそばの麺をスパゲティーに入れ替えてしまったのだ。
 中国と西洋の食文化をいともあっさりと融合させてしまう。香港洋食の底を流れるものはその発想である。

 

撮影/阿部稔哉

 

 マレーシアやシンガポールのニョニャ料理を思い出していた。中国料理とマレー料理の融合料理である。見た目は中華だが、アジアはエスニックといったらいいだろうか。エビ入りのココナツカレーである、ウダン・ルマッ・ナナスなどが知られている。
 ニョニャ料理にはさらに大胆な要素が含まれている。中華とイスラム料理を混ぜてしまったのだ。民族や経済環境を背景に、いまのイスラム料理は硬直化している。イスラム料理の孤高はいま、西洋料理や中国料理との融合など許さない。
 しかしかつてのマレー半島には自由な空気が流れていた。海峡植民地時代はその典型でもある。そこを突き詰めていくと、移民に辿り着く。中国系移民とマレー人がつくった料理がニョニャ料理なのだ。海を渡った中国系の人々は、手垢のついた中国料理の伝統から解き放たれ、イスラム料理との融合を実現させてしまった。

 

 香港の人々も移民である。社会主義を嫌った人々が、半島の先の狭いエリアに集まった。そこはイギリスの植民地だった。料理の自由を手に入れた彼らは、紅茶とコーヒーを混ぜ、スパゲティーをそばにしてしまう。
 茶餐廰のテーブルで底なしの自由を舌に載せ、戸惑いながら、自由の意味を教えられる。香港の人たちが守りたい自由とはそういうものだ。強い権力を半島に導入しようとする中国は、その自由の前ではあまりに矮小だ。
 日本で鴛鴦茶を再現してみた。紅茶コーヒーである。その味は? 動画をご覧のほど。

 

 

↓ 関連動画「香港のマカロニスープ」
「アジア」のある場所

下川裕治(しもかわゆうじ)

1954年松本市生まれ。旅行作家。『12万円で世界を歩く』(朝日新聞社)でデビュー。おもにアジア、沖縄をフィールドに著書多数。『「生きづらい日本人」を捨てる』(光文社知恵の森文庫)、『世界最悪の鉄道旅行』(新潮文庫)、『10万円でシルクロード10日間』(KADOKAWA)、「週末ちょっとディープなベトナム旅」(朝日新聞出版)、「ディープすぎるシルクロード中央アジアの旅」(中経の文庫)など著書多数。
YouTube下川裕治のアジアチャンネル

<撮影・動画協力>
阿部稔哉(あべ としや)
1965年岩手県生まれ。フォトグラファー。東京綜合写真専門学校卒業後、「週刊朝日」嘱託カメラマンを経てフリーに。

中田 浩資(なかた ひろし)
1975年、徳島市生まれ。フォトグラファー。97年、渡中。ロイター通信社北京支局にて報道写真に携わる。2004年よりフリー。旅行写真を中心に雑誌、書籍等で活動中。
https://www.nakata-photo.jp/
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