【第12回】箱枕とインボンジリ 著:三砂ちづる
三砂ちづる『少女・女・母・婆 〜伝えてきたこと、つないできたこと、切れてしまったこと〜』

日本髪を結っていた時代

 

女の髪をどのように結い上げるか、というのは、文化そのものである。結い方も美しいし、結い上がった髪も美しいし、服装とのマッチングもまた美しい。

 

自分ひとりでは結うことはかなわず、寝るときにも髪を解かず、毎朝なでつけて髪のほつれがないようにしていた日本髪の芸術性は言うまでもない。

 

いまとなっては想像するのもむずかしく、時代劇で出てくるのを見るくらいになってしまった日本髪だが、皆がこういう髪型をしていた時代もあったのだ。

 

「背もたれ首モゾモゾ体操」という、かわった名前の体操がある。椅子の背に首をのせて、そっとモゾモゾ動かし、いわゆる「ぼんのくぼ」あたりをやさしく刺激する、「ゆる体操」の一つである。長い名前なので、「首モゾ」と呼ばれたりしている。

 

テレビの健康番組でご覧になった方もあるかもしれない。「ゆる体操」創始者の高岡英夫氏の著作(*1)を見ていただくと、詳細なやり方がわかる。

 

目や頭の疲れが取れ、実にすっきりする。机やパソコンの前で日がなお仕事をなさっている方には、とくにおすすめである。

 

いわゆるオフィスチェアに多い、背もたれが丸い椅子ではやりにくく、背もたれの上の部分が少しエッジのきいた感じになっている椅子だとやりやすい。最近、椅子を選ぶときには、つい、この椅子は「首モゾ」がやりやすいかどうか、を見てしまう。

 

自分自身の体をととのえる基本として、ゆる体操を毎日やっているし、指導員でもあるので、人に教えることも少なくない。たくさんあるゆる体操のうちでも、この「首モゾ」は、最も気に入っているし、よく行う体操のひとつである。

 

どちらかというと頭もパソコンも使うことが求められる仕事なので、いささかでもましな使い方をしたいと思うため、頻繁にこの体操をやっているのである。

 

ゆる体操と、箱枕の再発見

 

自宅の仕事部屋は畳の部屋であるため、椅子がない。それならば、畳に寝そべり(行儀は悪い)、椅子の代わりに、なにか、箱状のものを首の後ろにあてて、モゾモゾやればよいのではないか、と思い、やってみたら、おお、これは日本髪を結っているときに使う「箱枕」の発想そのものではないか、と気づいた。

 

具体的に使ったのは、手元にあった、「正座用の椅子」である。携帯用の折りたたみの、いわば、「お尻おき」のようなもので、法事の席とか、お相撲を見に行ったりするときなど、長く正座をするときに、足がしびれないように、お尻の下に入れておくものである。

 

これを横にして、畳の上で寝て、首をおくとちょうど良い感じだったのだ。それを使ってみて、あれ、これは「箱枕」ではあるまいか、と思いついたのである。

 

箱枕……。結った髪、髷(まげ)の髪が乱れることがないよう、一昔前には広く使われていた、日本の枕である。

 

いま、普通に使われている枕は、いわゆる、頭の下に置くクッションのようなものであるが、箱枕は、いわば結った髪が床につかないように、首筋をささえるための、箱型のものであり、現代使われている枕とはそもそも発想が違う。

 

時代劇で、夜寝る場面で登場しているし、今も舞妓さん、芸妓さんなど日本髪を日常的に結っておられる方々は使っておられるようだし、その存在自体は知っていた。

 

しかし、あんな枕ではさぞかし寝にくいだろうなあ、という感想くらいしか持っていなかった。日本髪で髪を解かずに寝なければならなかった時代は大変だっただろうなあ、くらいしか思いついていなかったのだ。

 

 

和服の生活が育てた身体能力

 

畳の部屋で、横になり、「正座椅子」を使って「首モゾ」の体操をしながら、これはまさに、箱枕の発想ではないか、と思い、さっそくホンモノの箱枕を購入してみた。

 

京都の寝具屋さんが今も作っておられる。木製の箱枕の上に、ちいさな布団様のものがついていて、頭があたるところが痛くないようになっている。

 

これが、意外にわるくないのだ。眠れないのではないか、と危惧していたが、そんなこともなかった。ちゃんと寝られるし、頭がすっきりして目覚めるような気がした。(とはいえ、慣れていない私は、気づくと枕から頭が落ちて寝ていたりするので、結局愛用するには至っていないが……。)

 

昔の人は皆、こうやって箱枕を使い、自然に「首モゾ」体操のような、おだやかで自然な刺激を得ながら寝て、そして、結構頭がすっきりして目覚めていたのかもしれない。首筋への的確で適度な刺激とともに眠るのは、なかなかよろしいのではないか、と、やってみて思えた。

 

日本髪の女性だけでなく、髷を結った男性たちも皆、箱枕を使っていたわけだから、結構長年にわたって多くの人が使っていたものであることを考えると、「髪型がくずれない」以外の理由も、ひょっとしたらあったのではないのか。

 

和服とそれにともなう諸々の形式は、いまでは「きつい」「苦しい」「動きにくい」で片付けられていることも少なくないが、実は私たちの先達が仕組んだ身体能力向上の鍵が隠れているのではないのか。

 

どきどきするような、箱枕の再発見であった。

 

頭上運搬と髪の結い方

 

と、まあ、箱枕の再発見は興味深いのであるが、この連載で追っている「頭上運搬」をするためには、どう考えても、結い上げた日本髪はふさわしくない。

 

世界的に見ても、女の髪はもともと長いものであり、大人になれば、結い上げるものであって、ショートカットが現れたのは歴史的には割と最近のことである。長く伸ばして結った髪で頭上運搬をすることになれば、髪の結い方にもそれなりの工夫があったに違いない。

 

たとえば、薪から水運びまで頻繁に頭上運搬を行っていたことで知られる伊豆大島では、昭和初期まで「サイソクマゲ」とか、「インボンジリ」とよばれる、日本髪とは全く異なる髪の結い方をしていたことが『日本髪大全』で報告されている(*2)。

 

伊豆大島は古くから椿油の産地として知られており、島の女たちは、この椿油の恩恵を受けて髪を手入れし、長くて黒い豊かな髪を自慢にしていたのだという。

 

身の丈に近いくらいの長い黒髪を、髪結いで結ってもらうのではなく、自分で結い上げ、手ぬぐいをかぶって頭上運搬をしていたらしい。

 

 

「サイソクマゲ」「インボンジリ」――伊豆大島独特の髪型

 

「サイソクマゲ」は、未婚の女性の髪型である。前掲書によると、長く伸ばした髪をうしろでまずひとつにまとめ、それらを20センチくらいの幅で折りたたんでいって、真ん中を打紐で束ねたような髪型であるらしい。

 

その髷を14、5歳くらいまでは、縦にするということだが、結婚適齢期になると髷の向きをかえる。髷の向きがかわったことで、夫の訪れを願っているということを示しているということで「サイソクマゲ」と呼ばれているのだ、と説明されている。

 

「インボンジリ」は、既婚の女性の髪型のようで、こちらも前掲書では、折りたたんだ髪の中央に毛先を巻きつけてかんざしで真ん中をとめる、というふうに説明してある。

 

サイソクマゲもインボンジリも、前掲書には写真もあるものの、いまひとつ、どういう髪型でどのように結っていたのかがよくわからない。

 

「インボンジリ」は「いぼじり巻」として、島外でも結われていたようであり、「いぼじり」とはカマキリの古名らしいのだが、いったいなにがカマキリのどこに似ているのかもよくわからない。

 

伊豆大島ではどちらの髷を結っても、手ぬぐいをかぶっていたとのことである。具体的なこれらの髷の作り方を実際に取材してみる予定である。

 

 

(*1)高岡英夫『脳と体の疲れをとって健康になる 決定版 ゆる体操』PHP研究所、2015年 
(*2)田中圭子『日本髪大全』誠文堂新光社、2016年

「少女・女・母・婆」

三砂ちづる(みさご・ちづる)

1958年山口県生まれ。1981年京都薬科大学卒業。薬剤師として働く傍ら、神戸大学経済学部(第二課程)、琉球大学保健学研究科修士課程卒業。1999年ロンドン大学にて疫学のPhD。ロンドン大学衛生熱帯医学院リサーチ・フェロー、JICAの疫学専門家として約15年間、疫学研究を続けながら国際協力活動に携わる。ブラジル北東部セアラ州に約10年在住。2001年より国立公衆衛生院(現・国立保健医療科学院)疫学部に勤務(応用疫学室長)。2004年より津田塾大学国際関係学科教授(多文化国際協力コース担当)。
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