第10章 ポゴシポ(4)みなも
谷村志穂『過怠』

BW_machida

2021/05/21

『移植医たち』では移植医療、『セバット・ソング』では児童自立支援施設。谷村志穂が次に手がけるテーマは最先端の生殖医療。
幸せをもたらすはずの最先端医療が生んだ“かけ違え”。日本と韓国、ふたつの家族、母と娘……二人の女子学生の人生が未来が翻弄される――――。

※本記事は連載小説です。

 

第10章
ポゴシポ(4)みなも

 

 閑静な海辺の集落で、周辺には間隔をあけてぽつりぽつりとしか家が建っていない。漁村というよりは、避暑地のような場所なのかもしれない。
 そんな中にすっきりと建つ店には、入り口や壁、皿やナフキンにもハングルの店名がデザインされている。いつもの、四角いマスや縦や横の線の組み合わせは、こうした場所でのデザインによく映えていた。
 街中からは遠く離れた場所なのに、正午が近くなると続々と車が集まってきた。
 店内には活気が溢れ、揃いの制服の店員たちは、忙しそうに動き始めた。それは、実の母や、自分と入れ替わって生まれ育ったはずの女の子も同様だった。
「正直、もう少し貧乏暮らしをしているかと思いました。とても、繁盛しています。ほっとしましたね」
 ジヒョンの母は率直にそう言って、肩をすくめる。

 

 

 イカや魚を用いたマリネやローストの料理、パエリアなどを写真付きのメニューから頼み、三人で旺盛に食べた。美味しかったし、彩りも香りも良い料理を菜々子は目に、舌に、そして胃袋に刻みつけていった。
 デミタスカップに入った濃厚なコーヒーとクリームのカタラーナのデザートを食べ終わった頃になると、店からも緊張感が解けていった。

 

 少し手が空いたのか、今度は胸から黒いエプロンをつけた白髪の男の人がやってきた。長身だがころんとした体型で、長髪を耳にかけ、口髭を生やしている。
 彼もジヒョンの母と、
「オレンマニエヨ」
 多分、お久しぶりですね、と、挨拶を口にして肩を抱き合っている。
「こちらが、ソン・ミンジュンさんですよ。今は、シェフもしていますね」
 ジヒョンの母は、菜々子に彼をそう紹介してくれた。
「本当に久しぶりです。あなたもお元気ですね」
 ソン・ミンジュンは、菜々子を一瞬見つめると、ジヒョンの母に確かにそう言った。彼は、日本語を忘れていなかった。
「日本語で、話しましょう。ここは、とても立派なレストランではないですか。お客さんも次々とやってきますね」
「いえいえ、小さな食堂です。そして私はシェフのアシスタントです。本物のシェフは、キッチンにいます」
「ああ、そうか。あなたは確か、音楽家でしたね」
「遠い昔の話を、いつ、したのだったか。よく覚えていてくれましたね」
 二人はその後、韓国語でも二、三、言葉を交わした。日本での思い出をしばし分かち合っているようだった。同じ苗字の韓国人家族同士で、何度か食事をしたことがあったらしい。そこには、小さな頃のジヒョンもいたはずなのだ。

 

 

「日本を離れてから、すぐここへ?」
 ジヒョンの母はおそらく、菜々子に聞かせたくてそう問いかけてくれているのだろう。
「いえ、私たちは日本で失敗しましたね。その前に私自身は、音楽家としても、成功できませんでした。韓国に帰国後、いろいろ整理をして、家族で少し旅に出ました。小さなスーツケースで、行くあてもない旅でした。スペインの、ある海辺の街で、とても美味しい食堂がありましたね。安い、そして美味しい。私たちにも優しかった。そこへ通いました。すると、カウンが、おばあさんの故郷であるこの土地を思い出しました。彼女が、小さいときに泳ぎを覚えた海でした。カウンは頑張り屋で、私をここに導いて、宝物を築いてくれました」
「ここで、やり直して大正解だったのね」
 日本語で続けてくれる話に、菜々子はソン家の物語に立ち合わせてもらう。

 

「菜々子さん、韓国へは前にも何度か?」
 はじめてこちらを深く見つめられた。菜々子は首を横に振り、
「はじめてです」
 と、答えた。
「菜々子さんは、日本でうちのジヒョンと友達なのです」
「ご縁ですね」
 そう言うと、もう一度こちらを見た。日に焼けた顔の中で、ゆっくりと、その瞳が動いていた。まるで瞳の奥を覗かれるような気がした。
 あなたの瞳の中で、私は今、その愛する女性にあまりにそっくりには、映っていないのですか? 心の中で思わず問いかけそうになる。
 けれど、彼が切り出した。
「そうですか。では、いろいろ行きたいところがあることでしょう。でも、今日くらいは、ぜひここで夕焼けを見ていってください。いや、どうでしょうか? 曇り空かな」
 彼らはどんな思いで日本という異国へやってきて、不妊治療を受けたのだろう。子どもを授かった時に、この人たちはどんな喜びに包まれたのだろう。その国で仕事に失敗し、帰国した。それからは、一度も、自分の子に流れる血を疑ったことはなかったのだろうか。いや、湯河原の両親だって、疑ってなどいなかったのだ。ましてや、韓国人と日本人の子どもが入れ替わっていたなんて、誰も思わなかったに違いない。きっと、ミスを犯したあの高山医師さえも。
 今、家族はこの店を生き生きと切り盛りしていた。

 

 

「アッパ」
 娘が父親の元へやってきて、彼のエプロンの前についた粉を払っている。笑っているから、大きなお腹だとからかっているのかもしれない。とても幸せそうだ。仲の良い家族なのだ。今から告白したところで、自分の入る隙間なんて、これっぽっちもなさそうだった。
 ここまで辿りついて、それが菜々子の見つけた真実だった。自分には、どこかに本当の居場所があるような気がしていた。でも、だからと言ってここが自分の居場所なわけではない。
 不意にそんな思いが波のように押し寄せてきた。
 そして、彼らに告白することはしないという菜々子は決め予めの決心をいよいよ固めた。彼らは、そんな衝撃的な事実に触れる必要がない。
 今も、壁際の席でテーブルを用意している本当のお母さん。自分とそっくりのその人には、お腹を痛めて産み、育ててきた子がいる。その子が実際には見ず知らずの日本人夫婦の子どもだったなんて、知る必要がない。
 それに、湯河原の母が、この子に会ったらどうなる? 彼女は滑稽なほど騒いでしまうだろう。人間らしい無邪気な人だから。

 

「少し海に出ても構いませんか?」
 菜々子は、テーブルを囲む人たちにそう了承を得て、テラスから海へと続く階段を降りた。デニムのミディアム丈のスカートに、白いブラウスを着てきた。ブラウスが潮風を浴びてはためく感覚が、肌に心地よかった。
 潮騒は大きく響き、胸のなかの思いを掻き立てていった。一度でいいから、抱きしめられてみたいとも感じた。あの人たちの輪の中に入ってみたい。けれどそんな思いはすぐに引き潮になって静まっていった。
 穏やかな海とは言い難かった。
 今日は風があるからか、波も高い。この海で泳ぎを覚えたという母親は、なんだか自分に似ていると思った。
 ここで、彼女の大切なこの場所で出会えて、よかった。彼らの物語の中に、束の間でも登場させてもらえて、よかった、と。

 

 

「ナナコ、さん」
 後ろから片言の日本語で声をかけられた。
「シセイがいいですね」
「シセイ、姿勢? あの、日本語、話せるんですね?」
 自分とよく似た背格好の、同じように黒くて丈夫な長い髪の女性がそこにいた。
「この店の名前、わかりますか?」
 と、彼女が振り返って店の壁の文字を指さした。
「いえ、ハングルがまだ読めなくて」
「ミナモ」
 と、その人は言った。菜々子が戸惑っていると、
「ニホンゴでしょう?」
 と、目尻を垂らして笑った。
「みなも」と、声に出してみてようやく、菜々子は「水面」の文字を思い浮かべる。自分でもあまり使わないでいた言葉だ。すいめんと書くのにそれとはずいぶん違っている響きにも聞こえた。

 

「きれいな名前ですね」
 彼女は、自分の首筋に両手を回した。髪の毛を払うのかと思ったら、急に手の中に光るものが現れた。ネックレスを、菜々子の首にかけてくれた。
「これは、スペインの蚤の市で買いました。私の宝物は少ししかない。ナナコさんにプレゼントします」
 彼女の温もりがまだ宿っていた。反対に指はとてもひんやりしていて、石鹸のような指の匂いがした。どんなことも全て、愛おしかった。研ぎ澄まされた五感が、菜々子の胸を苦しくした。

 

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PHOTOS:秋

谷村志穂『過怠』

谷村志穂

tanimura shiho 1962年北海道札幌市生まれ。北海道大学農学部にて応用動物学を専攻。1990年ノンフィクション『結婚しないかもしれない症候群』がベストセラーとなる。1991年『アクアリウムの鯨』発表し、小説家デビュー。紀行、エッセイ、訳書なども手掛ける。2003年北海道を舞台に描いた『海猫』で第10回島清恋愛文学賞を受賞。作品に『余命』『黒髪』『尋ね人』『ボルケーノ・ホテル』『大沼ホテル』『移植医たち』『セバット・ソング』など。『海猫』は故森田芳光監督により2004年、『余命』は生野慈朗監督により2009年映画化される。最新刊に『りん語録』。北海道・七飯町(大沼国定公園)観光大使、はこだて観光大使、北海道観光大使も務める。
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