akane
2019/01/25
akane
2019/01/25
「チンチロリンハイボール」をご存知でしょうか?
ご存知ない方のために説明すると、近年、割と新しめの酒場を中心によく目にするようになった、ドリンクメニューのひとつ。
「チンチロリン」といえば、時代劇やヤクザ映画なんかによく登場する、サイコロを使った賭博のこと。これを模して、たいていはサイコロをふたつ振り、ゾロ目が出ればハイボールが無料、出た目の合計が偶数なら半額、奇数なら倍額、ただし量も倍のメガジョッキ。というようなシステムになっていることが多いです。つまり、通常のハイボールが350円だったとすれば、「無料」「175円」「700円、ただし倍量」の3通りが、運によって決まるメニューということ。
お客としてはどう転んでも損はしないうえ、いい目が出れば得ができて嬉しいっていう、お酒の場とは大変相性のいいアイデアなわけですね。
お店としても、時にハイボールを無料で出さなければいけない代わりに、倍額のメガジョッキも頻繁に出ることになるわけで、僕には経営のことはよくわからないんですが、きっと悪くない販売方法のひとつなんだと思います。
何より、いたるところでどんぶりにサイコロが転がる音がカランカランと鳴り、「おめでとうございま~す!」だの「残念、倍額です!」「え~!(笑)」だのという楽しげなやりとりが聞こえてくるのは、ワイワイガヤガヤとした大箱の酒場の場合、雰囲気、味わいのひとつとして、なかなか悪くないものです。
このチンチロリンハイボールが発祥したのは「鳥椿」というお店だそうで、2011年創業のチェーン店なので、やはりかなり新しいサービスのよう。僕も、お店などでよく目にするようになったのはここ数年のこと。鳥椿にはまだ行ったことがないのですが、それ以外のお店でも多く実施されているところをみると、近年の酒場カルチャーにおける大ヒットといえるのでしょう。
試しに今、「チンチロリンハイボール」という単語をネットで検索してみたところ、「果たして得なのか損なのか?」と確率を数式で計算したような記事がたくさん出てきて驚きました。メニューの特性上当然のことではあるんですが、一方で、「裏側」や「原価」といった考え方からなるべく遠くに自分を置いておくことが、酒場を幸せに楽しむためのコツ。
健全な酒飲みであるところの読者のみなさまはぜひ、「わ~おもしろそ~やってみよ~」「やった~当たった~」「ハズレちゃったけど倍飲めるからラッキ~」、みたいなノリで楽しんでみてくださいね。
以前出演したトークイベントの打ち上げで、10人くらいで「串カツ田中」に行ったことがありました。ありますよね、串カツ田中にチンチロリンハイボール。
その日は主催者の方が、想定より少し多めだったというイベントの売り上げで、そのお店の支払いをしてくれるということになりました。ならばがぜん、なるべく高級なメニューを! なんていう考え方は無粋の極みですので、僕は普段通り、串カツ田中不動の1杯目であるチンチロリンハイボールを注文。ここに「じゃあ俺も」なんて乗ってくる方がいて、その日の飲みの楽しさに、チンチロリンハイボールの底力を再発見させられたんですよね~。
僕はなんだか調子が良くて、サイコロを振るたびに半額や無料の目がやたらと出る。主催者の方が挑戦したところ倍額が出たりして「おいおい、ツイてないな~」「ははは、日頃の行いですよ!」なんてやりとりで盛り上がります。
でもこれ、よく考えると、ぜ~んぶおごりなわけで、僕がその日の支払い軽減に貢献してるだけなんですよね。
また、とある酒場で男ばっかり4人で飲んでいた時のこと。メニューにチンチロリンの文字を見つけ、「全員で頼んでみよう」という流れになりました。
もうこの時点で楽しい。絶対にゾロ目の半額を出して優越感を味わいたい!
もちろん、そんなふうに欲望むき出しの男に運が味方するわけもなく、結果はなんと、僕だけが倍額。一転、「日頃の行いだな~」とさげすまれる立場に身を落としたわけですが、4つのジョッキが届いた瞬間に風向きが変わりました。
当然のことですが、僕の倍量ハイボールだけが威風堂々たる巨大さ!
「かんぱ~い!」と杯を重ねると、明らかに主役ジョッキ感がある。
しかも、この日は普通に割り勘のはず。つまり全員が同じ額を支払うということがわかっている状況の中、自分だけが王様のような巨大なジョッキでゴクゴクとハイボールを飲んでいるわけですよ。
「わっはっは、ハズすが勝ちだぜ~!」などというよくわからない格言を生み出しつつ、腕にかかるジョッキの過剰な重みに幸せを感じつつ……。
もちろん、次が欲しければ頼めばいいだけで、結局は誰も損をしないし、誰が当たってもハズれてももれなく楽しい。
普段なら淡々と飲みたいものを頼む→飲み干す→頼むのループであり、そこに盛り上がりなど発生しえない「ドリンクの注文」という行為が、エンターテイメントになってしまう。
やっぱりいいなぁ、チンチロリンハイボール。
ところで、僕は酒場でのひとり飲みも愛していますが、例えメニューにあったとしても、そういう時にチンチロリンハイボールを頼んだという記憶はありません。
ひとりで飲む時って、盛り上がるためではなく、むしろ静かにリラックスするために酒場に来ているのであって、当然といえば当然なのですが、今あえて、そんなシーンを頭の中で想像してみました。
・ゾロ目無料の場合
サイコロの目を見て、「お」とかなんとかつぶやいたあと、照れる。別の席ではあんなに元気だった店員さんの「おめでとうございます」も、どこか控えめ。
・偶数半額の場合
「ハハハ」と小さく笑う。店員さん、いたって事務的。
・奇数倍額の場合
「あ~……」とつぶやき、ひきつり笑い。店員さんからは哀れみの目。
うん、ひとり飲みでチンチロリンハイボールを頼むのは、今後もやめておこうと思います。
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