大衆酒場への飛び込みかた
酒場ライター・パリッコのつつまし酒

 

大衆酒場はこわい?

「興味はあるんだけど、大衆酒場に入る勇気がなくて」という言葉を耳にすることがあります。

 

「ぼったくられるんじゃないか?」「常連さんにいじめられるんじゃないか?」気持ちはよくわかります。
僕は未知の酒場に飛び込んでみることが一番の趣味でありますし、また、いわゆるディープな酒場についての記事を書かせてもらうことも多いので、だいぶそういった感覚は麻痺してきました。最近では「そういえば10年くらい前は、こういうお店に入る時、もっと緊張感あったよな」そんなことを思い出すのも稀なくらい、なんの躊躇もなく初めての大衆酒場の扉をカラカラと開けています。それは、単に回数をたくさん重ねたからというだけであって、気持ちはよくわかります。

 

座っただけで1万円も取られる大衆酒場はない

数年前、夜更けに横浜野毛を徘徊していたら、アバンギャルドなペイントとオブジェがお店の外観全面を埋め尽くし、店頭には椅子に座った女性のマネキンが配置された、怪しげな酒場を見つけました。さらに入り口のすぐ外では、ひとりの女性が泣きじゃくりながら誰かと電話をしています。
僕もさすがに少し躊躇し、お店の前を3往復ほどしてしまいましたが、その日はどこかでもう1杯だけ飲んで帰りたかったし、どうしても興味を惹かれるので飛び込んでみることに。
するとこれが、拍子抜けするほどに、普通~に良いお店。店主さんと「お客さん、地元の方ですか?」「いえ、飲み歩くのが好きで、たまにこのあたりにも飲みに来るんです」「そうですか。野毛もすっかり観光地になっちゃって、ディープなお店が減ったよねぇ」なんて会話をさせてもらいながら、ほっこりと酔っ払ったのでした。

 

まぁ、これはちょっと極端な例かもしれませんが、なにも銀座の高級クラブやバーに飛び込もうってんじゃない。昔ながらの赤ちょうちんや縄のれんがぶら下がっているような、いわゆる大衆酒場であれば、どこに入ったってそんなものですよ。

 

多くの方が入店を躊躇する一番の要素として「外観から値段がわからない」があると思いますが、入ってみて「あれ? 思ったより高いな」と感じたら、1杯と1品だけいただいて、「今日はそういう気分なので……」というそぶりでお店を出てしまえばいい。それで数万円も取るようなお店が、店がまえに渋い味わいがにじみ出るほどに歴史を重ねてこられるわけがないですからね。

 

さらに例えば、自分が普段からよく行くのがマグロ刺が500円くらいのお店だったとして、そこでは倍の1000円だったとする。「1品ならば思いきって」と、最安のお新香や冷奴ではなく、そのマグロを頼んでみる。すると、値段の倍以上、いや、5倍、10倍の感動が待っていたりすることがあるのもまた、大衆酒場の奥深さであります。

 

プレハブのような酒場の扉の奥は……

最近印象的だったのは、東京、多摩地区の「平山城祉公園」という街で出会ったとある酒場。
駅前のロータリーから見渡す範囲にコンビニはなく、駅から2~3分も歩けば、多摩川の支流である一級河川「浅川」の雄大な流れが郷愁を誘う牧歌的な街なのですが、その川沿いに、いきなりポツンと、どう見てもプレハブ小屋を改造したような酒場が建っていたんです。
赤ちょうちんさえぶらさがっていなければ、隣のアパートの倉庫にしか見えないその建物の中が、ものすご~く気になる! 普通ならば……いや普通ってなんだろう? 要するに僕のような一部の物好き以外は、あえて入ってみようとはならない外観。「かろうじて赤ちょうちんがぶら下がっているだけの立方体」とも表現できる、このお店の扉を開いてみて感動しましたね。

 

中央には、大将が知り合いの大工さんに特注したという立派な木製カウンター。壁一面にメニュー短冊。川面からの爽快な風が細く開けた窓を通って店内を通り抜け、聞こえるのは秋の虫の寂しげな鳴き声。「こんなにも完璧なシチュエーションが他にあるだろうか?」という素晴らしさです。

 

大将は、この地で長く大きなスナックを経営したのち、80代も近づき、そろそろ自分の目の届く規模で、好きなようにやれる飲食店を作りたいと、ここを始められたそう。つまり、半分趣味の世界であり、それゆえにお休みも不定期で、ここに詳しい情報を載せることはできないのですが、だからこそ他のどこにもない世界が、その立方体の中に広がっているというわけです。
「八王子でよく飲んでいた若い頃、好きな焼き鳥屋があって、毎日のように通いつめてたら、お店の大将に『そんなに好きなら中に入ってみるか? 焼き方教えてやるよ』と、奥義を教わった」という、一見ごく普通なんだけど妙〜に美味しい焼鳥の、染みること染みること……。

 

このような種類の感動は、やはり事前の情報収集ではなく、思い切って知らないお店に飛び込んでみることでしか味わえないように、僕は思います。

 

最後にもう一度おさらいしておきましょう。未知の大衆酒場に飛び込むためのポイントは、街に根付いた空気感を感じるお店に対する、無駄な不安は捨て去ること。そして、ただただ思い切って扉を開けてみること。
ここに誰にでも獲得できる「場数」という強みが加われば、もう、どんな大衆酒場の扉だって怖くありません。

酒場ライター・パリッコのつつまし酒

パリッコ

DJ・トラックメイカー/漫画家・イラストレーター/居酒屋ライター/他
1978年東京生まれ。1990年代後半より音楽活動を開始。酒好きが高じ、現在はお酒と酒場関連の文章を多数執筆。「若手飲酒シーンの旗手」として、2018年に『酒の穴』(シカク出版)、『晩酌百景』(シンコーミュージック)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)と3冊の飲酒関連書籍をドロップ!
Twitter @paricco
最新情報 → http://urx.blue/Bk1g
 
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