ひとり花見のすすめ
酒場ライター・パリッコのつつまし酒

 

世を捨て花をめでる

 

現在、僕の住む東京の街はお花見シーズンまっさかりです。いろんな友人知人があちこちで企画開催し、実際僕も、今年はどのお花見に参加できるかな~? なんて、スケジュール帳を眺めつつニヤニヤしています。
が、よく考えてみると、お花見ってはっきり言って、単なる宴会、ピクニックですよね? いったん始まってしまえば、誰も頭上を見上げて花なんてほとんど見ないし、会話の内容もいつも通りのもの。居酒屋で飲んでいるのとさほど変わりません。加えて、毎年痛感するんですが、この時期って意外と寒いし、桜が満開の週末に限って、雨が降ったり薄曇りだったりする。恒例行事として年に1、2回は参加しないとムズムズするんだけど、意外と欠点も多いのがお花見ってやつだと思います。
実は、それらの欠点を華麗にクリアーしてしまうのが「ひとり花見」。

 

例えば仕事帰り、缶ビールの1本でも買い、どこか近くの桜がきれいな場所に寄ってみる。そこにはいわゆるオーソドックスな花見をしている集団がたくさんいるかもしれません。その間をぬうように、気ままにふらりふらりと歩きながら、まるで下世話な空気感の充満する地上とは境界線で区切られたかのような、見事な桜の花々をゆっくりと堪能する。自分だってそっち側にいることもあるくせに、「この空間でちゃんと桜の花をめでているのは俺だけだ」なんて勝ち誇った気分になりつつ、非日常な空気感と、おそろしいくらい美しい桜をつまみに一杯やる。これはクセになりますよ。

 

休みの日ならば、朝や昼間もいい。
うちの近所にある石神井公園は、池のほとりに沿って見事な桜が連なる、名所といえるスポットなんですが、上野公園みたいなお花見のメッカとまではいかないので、朝から場所取りをしているような人もそこまで多くない。早朝に散歩がてら、水筒に焼酎のお湯割りをしのばせ出かけていけば、シーンと静まった街で、見事な桜をひとりじめの貸切状態。
ひらひらと散る花びらと水面のきらめきのコントラストをつまみにお湯割りをやっていると、気分は完全に世捨て人。自分の感覚をあえて「世捨て人状態」に持っていく快感ってありますよね? ひとり花見は、その一番手っ取り早い方法といえるのかもしれません。

 

 

チェアリング×花見

 

ところで先日、僕とライター仲間のスズキナオさんの共著『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』という本が発売されました。
「チェアリング」を端的に説明すると、アウトドア用の椅子を持って屋外へ行き、公園や水辺など、好きな場所に置いて、そこでひととき、お酒を飲んだりリラックスしてすごす行為、ということになります。「なにそれ、楽しいの?」って方がほとんどだと思いますが、自分たちでおもしろ半分にでっちあげ、やっていた遊びかたが、共感してくれた多くの方のおかげでこうして本になってしまうくらいなので、実際にやってみるとかなり楽しいし心地いいんです。
チェアリング最大の魅力は、ひとたび椅子に座ったとたん、どこでもそこがパーソナルスペースとなってしまい、完全に自分の世界にひたれるところ。椅子を持ってうろうろしていた間の若干の後ろめたさのようなものが一瞬で消え去り、かわりに、ほほをなでる風の心地よさ、きらめく陽光、木々のざわめきといったような、普段は気にもとめていなかった自然現象にすごく敏感になる。大げさではなく、「世界ってこんなにも美しかったんだ!」と、毎度感動してしまいます。
何が言いたいかはもうおわかりですよね? このチェアリングとひとり花見の相性こそ、最強というわけなんです!

 

 

覚醒酒

 

僕が好きなのは、ちょっと強めの缶チューハイを2本くらいと椅子を持って、石神井公園のお花見スポットに出かけていくパターン。とはいえ、みんながレジャーシートなどを広げている場所で、ひとり椅子に座っている姿が異様であることは自覚しているので、なるべくすみっこのほうの、草のしげみの中くらいを選ぶようにしています。
家の近所に見事な一本桜などがある場合は、その目の前とかでもいいかもしれませんし、とにかく自分が「きれいだな」と思うスポットを見つけ、そこが人様の迷惑になる場所でないことを確認したら、椅子を置いてみましょう。
深く腰掛けると、視線が自然と斜め上を向く。そこにあるのは満開の桜。一度でいいので、騙されたと思ってやってみてください。はっきり言って、人生観変わります。
これだけでじゅうぶん贅沢であるのに、さらにお酒も飲んでしまいましょう。もはや「つつまし酒」なんて言ってる場合ではなく、これ以上の贅沢がこの世にあるか? って状況。こういうときにひとりで飲む強い酒って、酔っぱらうというよりはむしろ脳が覚醒していくような、独特の作用があります。まぁ、結局最後は酔っぱらうんですが、一時的に脳がぐんぐんクリアになっていくような感覚と、満開の桜の視覚情報の組み合わせは、もはやスピリチュアルの扉でも開いてしまいそうですらある圧倒的な説得力。ゆっくりゆっくりと飲んで、2時間くらいはあっという間。

 

人生でこんなにじっくりと花を見つめる優雅な時間って、そうそうないと思います。いつも通りのお花見はもちろん楽しいけれど、たまにはこんなのもどうでしょう? という、ひとり花見のすすめでした。
あ、そうそう、椅子って、レジャーシートと違ってお尻が冷えないのもいいんですよね。

酒場ライター・パリッコのつつまし酒

パリッコ

DJ・トラックメイカー/漫画家・イラストレーター/居酒屋ライター/他
1978年東京生まれ。1990年代後半より音楽活動を開始。酒好きが高じ、現在はお酒と酒場関連の文章を多数執筆。「若手飲酒シーンの旗手」として、2018年に『酒の穴』(シカク出版)、『晩酌百景』(シンコーミュージック)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)と3冊の飲酒関連書籍をドロップ!
Twitter @paricco
最新情報 → http://urx.blue/Bk1g
 
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