akane
2018/12/26
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2018/12/26
第1回目は、店主の感動的なエピソードで泣ける居酒屋 “花門(かもん)”をご紹介します。
東武東上線上板橋駅から徒歩およそ8分。今回の「泣き美女」ユウ、助手のおとよ、私寺井で花門さんを訪ねました。
店内に入ると、イラン人店主のコルドバッチェ・マンスールさん(以下マンスさん)がお出迎え。明るく「“花門”にカモーーーン!」なんてダジャレを飛ばし、みんなを笑わせてくれます。
笑いながらも「ココって、“泣き”じゃなくって、“笑い”の店じゃ……」と怪しむ助手のおとよ。いえいえ、違います。
さて、カウンター席に着くと、人気の“ナポリタン”と“緑茶ハイ”を注文。しばらくすると、マンスさんが「熱いうちに食べてね」とナポリタンを出してくれました。
8~10人前ぐらいあろうかと思われるほどの量に、ユウもおとよも驚きです。
甘く濃厚なケチャップとソーセージの組み合わせが昔懐かしいナポリタンに、二人とも「美味しい」と笑みを浮かべます。
またもや「ココって、デカ盛りの店?」と疑う助手のおとよ。
違います。“泣き”のお店ですよ、ココは。実は、このデカ盛りには泣かせるエピソードがあるんです。そのままナポリタンを食べながら、聞いてください。
今から24年前、マンスさんの居酒屋にご夫婦が来店しました。
奥さんは妊婦さんで800円台のサイコロステーキを食べたがっていました。お腹の中にいる赤ちゃんがお肉を欲しがっていたんでしょうか。けれど、旦那さんは「安いのにしなさい」と止めたんです。奥さんは仕方なく380円のやきそばを頼みました。
それを見たマンスさんは「赤ちゃんのためにも、栄養のあるサイコロステーキを食べさせたい」と思ったそうなんです。
そこで、全ての料理メニューを焼きそばと同じ価格の380円に変更しました。マンスさんいわく「安くなれば、気兼ねなく食べてもらえるだろう」と。
しばらくして、ご夫婦がまた来店してくれました。すると、奥さんは380円になったサイコロステーキに笑顔になって、注文してくれました。
そのとき、マンスさんは「“料金が半額になったら、量も半分になった”ってがっかりされるのは悲しい」という理由で、サイコロステーキの量を2倍にすることにしたんです。前回、食べられなかった分も食べてもらおうと……。
(※現在、サイコロステーキはメニューにありません)
すべてのメニューが、最初は今のようなデカ盛りではなかったと聞きます。けれど、安くてボリュームのある店とテレビで宣伝されるようになると、遠方からもお客さんが押し寄せるようになります。
「お客さんをがっかりさせたくない」というマンスさん。そこで、料理の量を2倍から3倍に、3倍から4倍に……と徐々に増やしていったそう。
そんな話をしていたら、ユウとおとよが泣きそうな顔に。
ふと見ると、おとよが緑茶ハイをぎゅっと握りしめています。
その緑茶ハイにも、泣かせるエピソードがあるんです。
緑茶ハイに使われているのは、“藤枝みどり”という緑茶。マンスさんが近所のお茶屋さんから買っています。お茶だけでなくて、お酒もトイレットペーパーも洗剤も、商店街で買うようにしているのだとか。ディスカウントショップで買えば同じものが10円、20円安く売られているのかもしれない。けれど、マンスさんは商店街で買うんです。それは商店街を応援するため。なかなかできることじゃありません。
もう忘れ去られた日本の義理人情が、イラン人のマンスさんに引き継がれているんです。
ところで、店内に入ると、カウンターの上にずらっと時計が並んでいるのが目に入るんですよ。その多さに驚かされます。しかも、よく見ると、時計には針がないんです。
私は初めて来たとき、時を忘れて楽しんでほしいというマンスさんの心づかいかな?と思ったんです。粋じゃないですか。
けれど、マンスさんいわく、当初は東日本大震災の起こった時刻、午後2時46分で全ての時計の針を止めていたのだそう。大震災のことを忘れないために、と。
実は、神戸出身の私も阪神・淡路大震災の被災者です。早起きした朝は、ふと「あれは真冬の午前5時46分だったな……」と思い出すことがあります。そして、震災で失った友人の笑顔が脳裏に浮かぶのです。私は震災のことを忘れずにいることが、友人の供養につながると思っています。
けれど当然、忘れたい人もいます。
ある日、花門さんにある午後2時46分で止まった時計を見て、涙を流し始めたお客さんがいたんです。心配になったマンスさんはお客さんにその理由を尋ねたのだとか。
お客さんは、大震災で亡くなった子どものことを思い出してしまったそうです。あの日のつらい出来事を忘れたい。けど、忘れることなどできない。
話を聞いたマンスさんは、すべての時計から針を取ってしまいました。
そんなマンスさんの優しい気持ちに、思わず泣いてしまいました。
情けは人の為ならず。人に親切にしたところ、巡り巡ってマンスさんに返ってきます。
いまでこそ、満席でお客が入れないときがある“花門”ですが、閑古鳥が鳴いている時期がありました。
そんなときも、“花門”の裏に住んでいたおじいちゃんだけは毎日のように来店し、瓶ビールを2本飲んで、カラオケを3曲歌ってくれたそうです。
実は、ユウとおとよが「美味しい」と味わっているナポリタンも、近所の人たちからいただいた野菜が使われているんです。それに、ナポリタンを盛っている大皿も、常連さんたちがプレゼントしてくれたもの。だから、“花門”の大皿はすべてバラバラの柄なんです。ありがたいじゃありませんか。
ふと見ると、ユウの目から一筋の涙が……。
けど、その横で、おとよがせっせせっせとナポリタンの残りをパックに詰めているじゃないですか。そう、ここは食べきれなかったら、パックに詰めて、お持ち帰りができるんです。しかし、おとよ、食い意地を張っていないで、私の話を聞きなさい。
「あっ、ユウさんに持たせてあげようと思って……」とおとよ。それを聞いたユウの目からまたもや涙が。「おとよさん、優しい……」
花門に来たお客さんはみんな、マンスさんから優しさをおすそわけしてもらえるのでしょう。とことん泣かせてくれる居酒屋です。
すると、マンスさんがカウンターの前にぶら下がっている照明を指差して、「電気で、元気!」というダジャレを! 泣いている私たちを元気づけようとしてくれたんでしょうか……。
二人の泣き顔に少し笑みが浮かびました。
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