「子どもが何とかしてくれる」の当てが外れた高齢者たち――(1)
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財産を継いだはずの同居の息子家族が、倒れた後も関わらない

 

子どもがいる長寿者の、長寿期の備え意識の薄さの背景にあるのは、薄まってはいるものの「あの子らが何とかするだろう」と、子ども(特に「跡取り」とみなす子)を「当て」にする伝統的家族観である。

 

だが、親が前提とするこの考えを覆す2つの変化が、子どもの側に生じている。

 

1つは、親側は「子どもがみてくれるだろう」と内心当てにしているが、子ども側(特に息子家族)がそれを「あたりまえ」と思わなくなっていることである。

 

2つ目は、長生きすればするほど、子が親より先に逝く逆縁リスクが高まるが、長寿化が進み長寿の親が増えることで、逆縁の憂き目に遭う人が増えていることである。

 

そこでまず、1点目の、親と子の家族観の違いが関わる問題から見ていこう。

 

事例は、支援者が「この頃増えている」という、「息子家族は本宅、高齢者は離れに住むが、息子家族が全く関わらず、娘が通って世話をしている」女性Cさんである。

 

倒れた後、同居の息子家族が関わらないCさん(95歳女性)の場合

 

《Cさんのプロフィール》
Cさんは95歳。1923年(大正12年)生まれ。夫は1年前に死去。自分は離れに、本宅に息子(65歳)夫婦が住む。80代後半まで社会活動にも参加し、92歳までは子どもに頼らず家事を担い、所有する貸家の管理もした「元気長寿者」。

 

だが、93歳の時、病気で倒れる。その際、息子が面倒を将来的にも見てくれるものと信じ、自分名義の預金通帳、土地家屋の権利書、実印などいっさいを渡した。しかし、退院後、息子夫婦が関わりを拒否し、同一市内に住む長女(70歳)が通って世話をしながら、介護サービス及び自費負担のヘルパーを利用し、在宅生活を継続している。

 

このCさんの場合は、最初に倒れた93歳の夏、発熱が続いているのに気が付かず、無理をし続けて、重篤な状態になっての入院だった。

 

Cさん 「暑さで食欲がなくてゴロゴロしているうちに動けんようになって。倒れた後、100日ぐらいは字も読めんし、人が言うこともようわからんようになり、その後、目も見えず、耳も聞こえんようになって、大馬鹿になりました」

 

その後、病状が軽快し、いざ退院という時に、長女から「今の時代は施設に入らないで、在宅で暮らすこともできるよ。母さんはどっちがいい?」と聞かれたCさんが、在宅を望んだことで、本宅に住む「跡取り」息子家族との間に亀裂が生じた。

 

経済的に余裕があるCさんが、介護保険サービス利用料の超過分を自費負担してでも自宅で暮らしたいと望んだのに対し、息子夫婦が反対したのである。

 

「私がいることで、余計な金を吐き出している気がするんじゃないか」

 

その間の事情を、長女が言う。

 

長女 「『母さんが自宅で暮らしたいと言っているから、そうしよう』と弟に言ったら、『家に帰るなんてあり得ない、金もあるんだから施設だろう』って。弱った母の世話なんて鬱陶しいと感じているのがありありで。どうも息子というのは逃げ腰で、『施設に入ればいいのに』という感じでね」

 

そういう経過で、結局は、息子が管理するCさんの通帳からヘルパーなどへの介護サービス利用料を支払い、娘が週2回通う形での在宅生活となった。

 

その中でCさんが陥ったのは、自分の自由になるお金がいっさい無いことによる不自由と、息子(とりわけ息子の妻)への不満をかこつ日々だった。

 

長女 「ヘルパーさんらへの支払いは、お金を管理する弟がすることになったんですが、母と相性の悪いヘルパーさんが辞めたりすると、弟が『あんたが悪い』と母を責めるんです。怒られると母はシュンとして、そのショックからなかなか立ち直れない。

 

それに母は、通ってくる私が不憫で、私に小遣いを渡したい。でもそれができない。力関係というか、自分のお金なのに自分のお金でないという面があって、『情けない、情けない』と嘆いて」

 

Cさん 「まあ、2人とも離れを覗こうともしない。お金も、私たち夫婦が貯めたお金で、息子の腹は痛まないのだから、不自由しないくらい渡して(くれて)もいいのに。息子らからすれば、私がいることで、余計な金を吐き出している気がするんじゃないかと思うんです。昔は優しい子だったのに、こんなになるなんて……」

親にとっての「当然」と、息子の言い分

 

戦前に育ち、結婚後は長男の嫁としての人生を送ったCさんにとって、倒れた後の身の振り方を息子に委ねることは、自明の家族観として根付いていた。

 

だから、倒れた時どうするかについて、長男夫婦や長女と相談したり、医療に関する情報、医療制度や福祉・介護保険制度に関心を持つことなどもなかった。息子が最も適切な対応をしてくれると、根拠もなく信じていたからだ。

 

しかし、息子の側から言えば、親が施設入所することが最善の解決策となる。施設なら、妻の手を煩わせることなく、金銭の支払いだけで、息子としての義務が果たせる。

 

しかし、在宅生活が続くとなると、不慣れな介護サービスのコーディネイト、ヘルパーなど支援者との交渉、日々の見守り役などを妻に依頼せねばならない。その引き受けを妻が躊躇すれば、無理強いはできない。なぜなら、配偶者は息子にとって「妻」であって、「嫁」ではないからだ。

 

一方、財産という面では、通帳や権利書、実印を引き継げば、その時点から、所有権者は親ではなく自分で、それをどう使うかは自分の裁量で、文句を言われる筋合いはない。息子の跡継ぎ意識とはそういうものである。

 

しかし、そうした振る舞いが、親や女きょうだいからは「優しくない」とみなされ、きょうだい間の葛藤と親の嘆きを深めていく。それがこうした事例に見られる特徴である。

 

 

以上、『百まで生きる覚悟――超長寿時代の「身じまい」の作法』(春日キスヨ著、光文社新書刊)から抜粋・引用して構成しました。

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