ひどすぎて笑える町『殺人鬼がもう一人』若竹七海
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アガサ・クリスティーや仁木悦子(にきえつこ)でミステリ世界に足を踏み入れた私は、居心地のいいコミュニティー、一癖ある善人たち、美味(おい)しそうな食事やお茶といった舞台背景の下に展開される「楽しい殺人のおはなし」こと〈コージー・ミステリ〉を愛してやまない。好きが高じ、葉崎(はざき)市という架空の海辺の町を舞台に自分なりのコージーも書いた。頭の中に地図を作り、名家や銘菓をでっち上げ、死体を転がし、登場人物や猫を走り回らせるのは本当に楽しい仕事だった。

 

しかし人はワガママなもの、チョコの後に煎餅、ぜんざいを満喫すれば塩昆布が欲しくなる生き物だ。コージーを数冊書いた後、私は正反対の話を書きたくなった。すなわち、息苦しいコミュニティー、調子のいいエゴイスト、空き家が増え寂れゆく町といった舞台背景の下に展開される〈ダーク・コメディ・ミステリ〉を。こんなジャンルがあるのか知りませんが。

 

そういう話だと舞台はやはり架空となるが、といって葉崎市は使えない。葉崎市も人口減少に悩む地方都市だが、風通しがよく温暖な気候。一方ダーク・コメディの舞台には、空気も人の行き来も淀んだ窪地で、土地に愛着を持つ人が少なく、少し前まで飢えや凍死もあった寒々しい町がふさわしい。となると大都市圏の郊外、戦後に急造されたベッドタウンで、多摩丘陵の端っこで、冬には霜柱が立って、坂の町で……。

 

考えるうちに、我がダーク・コメディの舞台となる辛夷ヶ丘(こぶしがおか)ができあがっていった。坂が多い、という点を除くと子ども時代を過ごした東京・多摩地区の某市を彷彿とさせる気もするが、錯覚であろう。なにしろ登場人物は全員ロクでもない。自分勝手すぎて他人に対する悪意すらない、オイシイところをかすめ取るのは己の権利だと心の底から信じている、ひどい奴らが蠢(うごめ)く町ができあがってしまった。

 

ひどすぎて笑える……たぶん。

 

『殺人鬼がもう一人』

 

20年ほど前の連続殺人事件〈ハッピーデー・キラー〉以来、事件も事故もめったにないのどかな町——だったはずの辛夷ヶ丘で、悪徳(?)警察官の砂井三琴は今日も大忙し。苦みのある読後感と短編ミステリーならではのツイストが堪能できる6編! 著者の真骨頂!!

 

PROFILE
わかたけ・ななみ 1963年東京都生まれ。立教大学文学部史学科卒。’91年、『ぼくのミステリな日常』でデビュー。2013年、「暗い越流」で第66回日本推理作家協会賞〈短編部門〉を受賞。

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