あなたの会社にもいる、あの人のことを思い浮かべながら読んでみてください|絲山秋子さん 『御社のチャラ男』
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ryomiyagi

2020/02/22

 

本誌書評連載で、毎回、知られざる名著を紹介し好評を博す芥川賞作家の絲山秋子さん。新作『御社のチャラ男』はタイトルからして引きつけられる長編小説です。「会社員を書きたかった。でもチャラ男のモデルはいない」と絲山さん。日本の社会の姿をも浮き彫りにする傑作です。

 

急がず考えたらつかまえられるもの、こぼれ落ちたものを小説で拾っていきたい

 

御社のチャラ男』講談社
絲山 秋子/著

 

芥川賞作家・絲山秋子さんの新作『御社のチャラ男』は、タイトルを聞いただけでワクワクして手に取りたくなる長編小説です。

 

舞台は中小企業のジョルジュ食品。社長の親族ということで中途入社したのが三芳道造部長でした。

 

三芳部長は情報収集には熱心だけれど、仕事はしないし、責任もすぐ部下に押し付けます。偉そうに説教を垂れ、意見されたら逆ギレする小心者。一方で日ごろのノリは軽く、外車に乗って高級時計をし、いいスーツを着て夜でも襟元にサングラスをぶら下げるような44歳です。

 

そんな三芳部長のことをチャラ男と命名したのは山田さんでした。三芳部長については社内の誰もが思うところがあり……と、物語はジョルジュ食品の社員たちがそれぞれの立場からチャラ男である三芳部長について語るという構成になっています。

 

「会社員のことは以前、『沖で待つ』でも書いたのですが、勤めていた会社をモデルにしていたので、なかなか自由に書けませんでした。そこで今回は、より踏み込んで会社員のことを書けるよう、私のイメージだけで書くことにしました。どんな人物を軸にしようかと考えたときにチャラ男が頭に浮かびました(笑)。それでチャラ男のことをいろいろな人が語るという形にしよう、と。これまで出会った方々のエッセンスは入っていますが、ジョルジュ食品もチャラ男の三芳部長もモデルはいません」

 

それにしても、この“チャラ男”という言葉。定義を聞かずとも“こんな感じの人のことでしょ?私の身近にもそういう人はいるわ~”と、脳内にパッと映像が浮かぶ、言い得て妙な造語です。読み進めながら、チャラ男は正社員かバイトか、サラリーマンか公務員か、医者か弁護士かなど業態にも職種にも関係なく存在していることに気づき、顔がニヤケてきます。

 

「それなら、よかったです(笑)。私自身、書いているうちに、これまで出会ったさまざまなチャラ男たちを思い出しました。みな、行動様式が似ているんですよ(笑)。たとえば、ほかの男性よりも女性に対して優しくて親切。以前からなぜそうなんだろうと思っていたのですが、今回、書きながら、女性っぽい側面があるというか、女性の行動のいいところだけを取り入れているからではないかと思い当たりました。だから男性からは嫌われ、男性同士の友情が長続きしないのかもしれません。あるいは、一緒に仕事をするなど行動を共にすると、最初のイメージとは違う言動が目につき始め、どんどんボロが出てくる。偉そうに語っていても実は全部コピペで、人から聞いたことやネットの受け売りにすぎない、とか。悪い人ではないのでしょうが(笑)」

 

デビュー当時から“社会のことを書きたい”と考えてきた絲山さんですが、今回、書ききれなかったこともあると続けます。

 

「非正規雇用や雇い止めなどの問題は書けませんでした。ただ“日ごろきちんとしている人でも社内で事件などが起こると、荒っぽくなったりやけっぱちになっていく”というような姿は書けたと思います。昨今、ものすごい量の情報があふれ、誰もがすぐに結論を欲しがります。でも、その結論が長持ちせず、新しい問題は次から次へと出てきて、またすぐ結論を求める。そうやって見えなくなっているモノがたくさんあると思うのです。急がず考えたらつかまえられるもの、こぼれ落ちたものを小説家としては拾っていきたいと思います」

 

一人ひとりがチャラ男について語るのを読みながら、脳裏に浮かぶのは日本社会や組織の姿。チャラ男のディテールに笑いつつ、考えさせられもする巧みな作品です。

 

■絲山さんの本棚から

 

おすすめの1冊

鳥の物語』岩波文庫
中 勘助/著

 

「12羽の鳥が王の前で話をする短編集。スズメは庶民の話を、鶴は高貴な話を、とそれぞれの鳥の特徴を踏まえた視点で語られます。チャラ男を書くときもこういうふうにしたいと思っていました。大好きな作品です」

 

PROFILE
いとやま・あきこ◎’66年東京生まれ。’03年に「イッツ・オンリー・トーク」で第96回文學界新人賞、’04年に「袋小路の男」で第30回川端康成文学賞、’05年に『海の仙人』で第55回芸術選奨文部科学大臣新人賞、’06年に「沖で待つ」で第134回芥川賞、’16年に『薄情』で第52回谷崎潤一郎賞をそれぞれ受賞。

 

聞き手/品川裕香
しながわ・ゆか◎フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より『女性自身』の書評欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。

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