ryomiyagi
2020/10/10
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2020/10/10
『この本を盗む者は』
KADOKAWA
深緑野分さんは『戦場のコックたち』『ベルリンは晴れているか』など第2次世界大戦や終戦直後のベルリンを舞台にしたミステリーを発表していくつもの文学賞の候補になった、出版界が絶大な期待を寄せる作家。新作『この本を盗む者は』は、架空の街・読長町を舞台に、2人の少女が時空を超えて活躍するファンタジック・ミステリーです。
主人公の御倉深冬は本が嫌いな高校1年生。曽祖父の嘉市は書物の蒐集家で、集めた23万9千122冊で巨大な書庫「御倉館」を設立。その書庫の管理人をしているのは父のあゆむと叔母のひるねですが、あゆむは現在、ケガで入院中。一方、ひるねは本の管理以外は何もできません。そのため、深冬はしぶしぶ叔母の面倒を見に書庫を訪れます。そこで蔵書が盗まれ、“この本を盗む者は、魔術的現実主義の旗に追われる”という不思議なメッセージが残されていたのを発見します。謎の少女・真白からそのメッセージが“ブック・カース(本の呪い)”だと教えられた深冬は……。
深緑さんは「“運動神経系”で楽しく書いた感じ」と執筆の経緯をにこやかに語ります。
「本書の連載開始は『ベルリンは晴れているか』が手を離れるころで、『ベルリン~』は調べて調べて書く作業が多く、作品的にも重いものがありました。ですので、本書はとにかく自由に、楽しく書こうと考えていました。あまりに楽しかったので、毎回、編集者の方に“これで大丈夫ですか?”と確認していたくらいです(笑)」
物語中に別の物語が登場し、しかもその別の物語が本来の物語を侵食するという構成、実在する書物が多々登場するなどストーリー以外にも魅力がたっぷりです。
「本書のカギとなる『ブック・カース』は中世ヨーロッパに実在します。印刷機がまだない時代、修道士が聖書を写本していました。1冊1冊手で写していくわけですから、本はとても貴重なものでした。そのため盗まれないように“この本を盗む者には呪いがかかる”と本に貼り盗難を防いでいたのです。ここから、御倉館から本が盗まれて呪いがかかる、という物語を考えました」
当初、深緑さんがイメージしていたのは『劇場版ドラえもん のび太のパラレル西遊記』でした。
「この映画には子どもならではの不安が描かれていましたが、私も本書にそういった要素を入れ込みたかった。そして自分はしっかりしていると思っている少女が成長していく話にしたかったんです。というのも、最近、しっかりはしているのだけれど妙に達観もしている子どもが多いような気がしていまして……。“こんなことをやってもムダ” “どうせ無理”なんてことを小学生が口にする。私は諦めている子、やってもしょうがないと思っている子に“世界は広いよ、世界は信頼に足るよ、まだまだ成長する余白はあるよ”ということを伝えたいんです」
そんなことを考えるのも、深緑さん自身が「大人が嫌いな子ども」だったから。
「大人は子どもをバカにする存在だと思っていました。ですので、子どものころから“自分は大人になっても、大人ぶらず、困っている子どもとちゃんと向き合える人になりたい”とずっと考えていました。児童書に出てくる、風変わりだけど面白い大人になりたいって。小説家なので、私の姪めいたちにとってはちょうどそんな感じかもしれません(笑)」
随所に仕掛けがあり、リーダビリティが抜群の本書。最終章では「ええっ!」と驚きの声が漏れること必至です。物語を読む楽しさを謳歌してください。
おすすめの1冊
『月のケーキ』東京創元社
ジョーン・エイキン/著 三辺律子/訳
幼い娘が想像した「バームキン」を宣伝に使ったスーパーマーケットの社長。だが、実体のない「バームキン」が一人歩きし……。無限の想像力を刺激される13本の短編を収録した作品集。いい加減に現実逃避できます。
PROFILE
ふかみどり・のわき◎’83年神奈川県生まれ。’10年「オーブランの少女」が第7回ミステリーズ! 新人賞佳作に入選。’13年、入選作を表題作とした短編集でデビュー。’15年に刊行した『戦場のコックたち』は第154回直木賞候補、’16年本屋大賞7位、第18回大藪春彦賞候補。’18年刊行の『ベルリンは晴れているか』は第9回Twitter 文学賞国内編第1位、’19年本屋大賞第3位、第160回直木賞候補、第21回大藪春彦賞候補となった。
聞き手/品川裕香
しながわ・ゆか◎フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より『女性自身』の書評欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。
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