西上心太が読む『われらの世紀 真藤順丈作品集』時流に抗う者の哀惜、矜持、狂気の物語
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ryomiyagi

2021/04/30

直木賞受賞第一作『われらの世紀 真藤順丈作品集』
第二次世界大戦以後の昭和、平成、令和と歴史の中を生き抜く人々=「われら」の人生模様を、『宝島』で直木賞を受賞し話題となった著者が濃密に描き出す。
豊かな読書時間を約束する全10編を収録。
本作品を3名の書評家に読んで頂きました。
第3弾は西上心太さんです。

 

山田風太郎賞や直木賞受賞作の『宝島』は、アメリカ占領時代の沖縄で生きる人々を、滾るような熱量で描いた傑作だった。その『宝島』以来となる待望の新作が上梓された。大長編だった前作と異なり、十編からなる短編集だが内包された熱量に変わりはない。加えて『宝島』執筆の余波や影響もあるのだろうが、戦争を背景にした物語が目立つ。

 

巻頭に置かれた「恋する影法師」は、パントマイム大道芸人と炭団売りの少女の交流を描いた掌編だ。芸人は恋に落ちたことを自覚するが、ある日広島の上空からある爆弾が投下される。影になった少女に寄り添う芸人。〈異形コレクション〉初出であるだけに、幻想的な展開には胸を打たれる。

 

「一九三九年の帝国ホテル」は帝国ホテルを舞台に、〈侍〉と呼ばれた元軍人が、民族、知能、あるいは出自など、さまざまな〈選別〉を進めるナチス相手に死闘を繰り広げる冒険譚だ。その手助けをするのが、語り手である貧しい生まれの女子客室係だ。このような目配りが利いた巧みな工夫によって、物語の器が大きくなるのだ。

 

米軍の海上封鎖で制海権を失った状況の中で、食糧を北海道から本土に運ぼうとする女たちを描いたのが「レディ・フォックス」だ。その中心になるのは、長年にわたり虐げられてきたアイヌの女性である。怯みのない矜持を持った女性達の勁さが眩しい。

 

芸人の狂気を描いた作品も印象深い。「笑いの世紀」は史実と虚実を組み合わせた一編。芸人による慰問団〈わらわし隊〉に参加した架空の芸人の行方を、実在の芸人たち──柳家金語楼、花菱アチャコ、柳家三亀松といった面々──に尋ね歩く。軍国主義を茶化すなどタブーに踏み込む芸人が戦場で見た地獄の正体と、狂気をはらんだ芸人の魂が活写される。

 

「終末芸人」は現代物。「アクセル全開で谷底に進むように、自分たちがつくりあげた〈笑いの空気〉をある瞬間からすすんで帳消しにかかる」破滅型の漫才師が抱えた闇の凄味には驚かされる。

 

不即不離の関係になった人間と書物を蒐集する異端の教団との戦いを描いた「ブックマン」は作者の奔放な想像力の結晶であろう。

 

その一方で、地方発信型のエンターテインメントを送り出すと意気込む、はた迷惑な中年ユーチューバーが登場する「無謀の騎士」のようなオフビートな作品もある。肩すかしのようなオチについにやり。

 

戦争が及ぼした悲劇や、人間の心に潜む狂気を読む者に突きつける、バラエティに富んだ十編である。どの物語があなたの心に刺さるのだろうか。

 

『われらの世紀 真藤順丈作品集』
真藤 順丈/著

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