日本初の“缶”は1871年の「イワシの油漬け缶」。ただの紹介本ではない、「小さなアート」を堪能する
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ryomiyagi

2021/12/20

 

『素晴らしきお菓子缶の世界』
中田ぷう/著

 

この本、すごく面白い。とにかく写真の迫力と、その種類の多さに驚く。お菓子缶の写真集のようでもあるし、お菓子缶図鑑のようでもある。それに読む前から分かっていることがひとつだけある。これらの缶の中には、ぜったいに美味しいものが入っているということだ。

 

著者がお菓子缶に魅了されたのは、3歳のときに祖父に買ってもらった缶がきっかけだったという。それから45年、お菓子缶を偏愛し続ける作者が語りつくすお菓子缶の世界。デパートで一度は見かけたことがあるものから終売品、憧れの外国のお菓子缶、お茶やオートミールの缶まで、これでもかというほどのお菓子缶が紹介される。

 

缶の歴史を振り返ると、日本初の缶は1871年の「イワシの油漬け缶」だったという。太平洋戦争が勃発すると民間で使われる缶は紙製や木製のものになった。1952年にお菓子の缶が市場に復活すると、以来、製缶業界の主力製品となる。有名和菓子の「とらや」のようかん「夜の梅」も昭和初期は巻き取り鍵つきの、まるでコンビーフ缶のような形で売られていた。柿の種の元祖、新潟「浪花屋」の揚げあられ「サラピーナ」も昭和中期は缶だった。いまは袋タイプになってしまったが、それが悔やまれるくらいかわいいデザイン缶なので、ぜひ本書を手にとって確かめてほしい。

 

 

2010年頃になると、缶業界に再び変化が訪れる。それまでは需要の高かった大きな缶が姿を消しはじめ、小さな缶が主流になったのだ。要因はおそらく、核家族化だろう。祖父や祖母と暮らす大家族が多くいた70年から80年にかけて、お中元やお歳暮の菓子はたいていが大きな缶で送られてきた。しかし核家族では30枚、40枚のクッキーを消費するのは厳しい。持ち運びの便利さも考慮されての変化なのかもしれない。少し寂しい気もするが、大きな缶はいまも贈答用として健在だ。

 

ちなみに、製缶会社が把握しているだけでも年間200から300種類もの新しい缶が作られているという。しかし缶のリサイクル率はほぼ100%。環境にも優しい。かつては男性ばかりだった製缶業界にも近年は女性が増え、女性ならではの感性でデザインされた缶に心を掴まれたファンも多い。かくいう私もその一人。レトロで緻密で可愛いお菓子缶は、工業用品でありながらいつまでも手もとに置いておきたくなる小さなアートなのだ。

 

空き缶の再利用アイデアもつい真似したくなる。「リプトン」の缶は多肉植物とサボテンの寄せ植えに、クッキー缶をお弁当箱代わりにしてサンドイッチやおにぎりを詰めたり、サバ缶を器に見立ててサラダを盛りつけたり。もともとお菓子が入っていた缶は、フルーツサンドやパンケーキといった甘い食事との相性が抜群で、お菓子缶ならではの独特の形状を活かして詰められたスイーツは見ているだけでも楽しい。お菓子缶の歴史を伝えるコラムを読めば、あの有名なお菓子缶の知られざる背景を知ることもできる。けっして、ただのお菓子缶の紹介本ではない。

 


『素晴らしきお菓子缶の世界』中田ぷう/著

馬場紀衣(ばばいおり)

馬場紀衣(ばばいおり)

文筆家。ライター。東京都出身。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。国内外の大学で哲学、心理学、宗教学といった学問を横断し、帰国。現在は、本やアートを題材にしたコラムやレビューを執筆している。舞踊、演劇、すべての身体表現を愛するライターでもある。
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