『マザー・マーダー』著者新刊エッセイ 矢樹純
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BW_machida

2022/01/07

詰め込む力

 

良い加減というものが、ずっと分からないままだ。
五人家族の晩ご飯をもう十数年作り続けているが、カレーやシチューやおでんといった大鍋で作る料理の具材の適切な分量が分からず、毎回具を入れすぎて鍋からあふれてしまう。

 

空間認識能力が低いのだろう。知らない街を歩けば必ずと言っていいほど道に迷う。ナビアプリを使っても迷う。北西に進めと言われても自分がどの方角を向いているのか分からない。都会の真ん中でコンパスアプリを起動させたりする。

 

この能力の低さのために日常生活を送るのが人より大変だ。そのことにはもう慣れたし諦めているのだが、これが仕事に関する場面で、負の方向に発揮されると困ったことになる。

 

自分は小説家になる前は漫画原作者として活動していた。連載用に五話分のエピソードをと頼まれてシナリオを書くのだが、自分が五話分のつもりで書いたシナリオは漫画家さんがネーム(原稿の前段階の下描き)に起こすと六話分になってしまい、いつも調整するのに苦労していた。

 

そして同じことが小説家となってからも続いている。短編ミステリー一話分のつもりで書いたプロットが、いざ原稿にしてみると短編の枚数に収まらない。入れようと思っていたエピソードやトリックがあふれてしまうのだ。この取捨選択をしなくてはいけないのが、とてもつらい。だから自分は、ある能力を高めることにした。それは《詰め込む能力》だ。

 

このたび発売される連作短編集『マザー・マーダー』は、連載中、毎回あふれそうになる具材を力技で鍋に詰め込み、どうにか短編の枚数に収めて仕上げた、飛び切り密度の濃いミステリーだ。慣れない方は胸焼けしないように、ゆっくり味わっていただきたい。そしてミステリー好きの方には、「ここでさらにこのトリックを入れてくるとは……」と呆れつつ楽しんでもらいたい。どんな方にとっても、きっと満足していただける一品にできたと思う。

 

『マザー・マーダー』
矢樹純

 

【あらすじ】
息子を溺愛し、学校や近隣でトラブルを繰り返す母親。家から一歩も出ず、姿を見せない息子。最愛の息子は本当に存在しているのか—。企みと驚きに満ちた傑作ミステリ!

 

矢樹純(やぎ・じゅん)
2012年、「このミステリーがすごい!」大賞に応募した「Sのための覚え書き かごめ荘連続殺人事件」で小説家デビュー。2020年、「夫の骨」で日本推理作家協会賞短編部門を受賞。

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