角野隼斗に反田恭平――〈クラシック〉に風穴を開ける新鋭たちの群像|本間ひろむ『日本のピアニスト』
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BW_machida

2022/12/30

 

鍵盤のイラストの描かれたトートバッグにスコアを入れて、音楽教室やピアノの先生の家へ通う少年少女たち。ピアノのお稽古に向かう子どもの生活は昭和のころからさほど変わらない。変化したことと言えば、トートバッグにスマホが入っていること。両耳に差しこまれたAirPods。YouTubeを開きさえすれば、稽古中の課題曲の模範演奏を時間や場所を問わず聴くことができる。

 

すこし前ならCDプレーヤー、さらに遡ればクラシック音楽をレコードで聴く時代があったが、どちらもそれほど昔というわけじゃない。今やネットショップで注文すれば欲しい音楽がすぐに自宅に届き、サブスクリプションならその場で音楽が聴き放題である。「いつでもどこでも、好きなピアノ音楽が聴ける、という環境は今まであったようでない」のだ。サイバー空間では、名だたる音楽家たちが年中無休で両手を温めてわたしたちを待ってくれている。なかでもYouTubeはもっともポピュラーなターミナルだ。ショパン・コンクールもヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールもネット配信が行われ、SNSはハッシュタグをつけてのツイートで溢れた。

 

時代と共に、ピアニストたちの在りかたも変化した。音楽教育の現場ではない場所で過ごし、大学院生のときに獲得したピティナ特級グランプリを足がかりにショパン・コンクールへエントリーした角野隼斗。かてぃんのYouTube名でも活躍し、再生回数は1億回を超えている。フィギュアとのコラボやコンサートのプロデュースも行う福間洸太郎。自身で編曲したスコアを出版した阪田知樹。ラジオ番組のパーソナリティも務める反田恭平は、レコードレーベルやオンラインサロンを立ち上げた。本書には、圧倒的な勢いで自らの道を自ら切り開いていこうとする若いピアニストが次々と登場する。

 

彼ら若い世代のピアニストたちを見ていると、時代がひとまわりして、音楽家たちが奔放に振る舞っていた19世紀後半のパリのような自由な空気を感じる。5G(やがて6Gになる)とスマホが、彼らの発想力が、封建的で生き苦しかったクラシック音楽の世界に風穴を開けつつある。

 

著者は、新しいツールを手にした若きピアニストたちによる新しい世界の展開、あるいは再構築を予感する。著者のいうように、わたしたちは今、新しいピアニストたちによる黎明期の原風景を目撃しているのかもしれない。とするなら、彼らと同じ時代を生き、その活躍を目撃できる聴衆はなんて幸運なのだろう。

馬場紀衣(ばばいおり)

馬場紀衣(ばばいおり)

文筆家。ライター。東京都出身。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。国内外の大学で哲学、心理学、宗教学といった学問を横断し、帰国。現在は、本やアートを題材にしたコラムやレビューを執筆している。舞踊、演劇、すべての身体表現を愛するライターでもある。
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