蕎麦が日本人のソウルフードになった〈必然〉とは|巽好幸『「美食地質学」入門』
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ryomiyagi

2023/01/03

 

和食が日本で発展したのには、日本列島の成り立ちと深い関係がある。周囲を海に囲まれた島国、日本は国土の約75%を山地が占めている。気候は温暖湿潤。列島は南北3000kmに及び、気候帯は亜熱帯と温帯と亜寒帯とが分布している。自然は四季折々、多様な食材をもたらしてくれる。独自の食文化、和食は豊かな恵みの産物といえよう。

 

著者は、マグマ学者で無類の食いしん坊でもある。豆腐、醤油、うどん、ワイン、牡蠣、江戸東京野菜と取りあげる話題は多岐にわたる。たとえば、和食の基本となる出汁はプレート運動に伴う地殻変動や火山活動により山地ができたことで成立した。日本人のソウルフードともいえる蕎麦に目を向けてみると、ここにも知られざる日本列島との関係が見えてくる。有名な蕎麦処は活火山の近傍にあることが多いが、これには充分な理由があったのだ。

 

「日本列島には火山が密集する。その山麓は標高が高いために冷涼な気候となり、おまけに火山性土壌が広がるので米作はもちろん、作物を育てるには不向きな不毛地帯である。このような過酷な状況では、ソバは人々が命をつなぐための貴重な作物だったのだ。まさに蕎麦は変動帯の民が生き延びるために育んできた食材といえよう。」

 

本書によれば、ソバはコメよりも早く日本列島に伝わった。縄文時代にはすでにソバが栽培されていたことが分かっており、当時は粒のまま雑炊のようにして食べたという。鎌倉時代に中国から挽臼が伝わったことでソバの粉食がはじまり、江戸時代に製麺技術が確立すると蕎麦文化は一気に花開いていく。

 

蕎麦と火山の関係に注目すると、長野県が蕎麦王国である理由がよく分かる。長野県には数多くの蕎麦処があるが、これらの多くは火山近傍の高地に位置し、火山性土壌に覆われている。長野が蕎麦王国となった背景には、火山と山地の形成という二つの地学現象が深く関係している。

 

「またこうして高くなった山々の雪解け水が山麓地域で清涼な湧水となり、蕎麦の名パートナーである山葵も育んでいる。長野を訪れてご当地蕎麦をすする時には、ぜひこの地で起きたダイナミックな変動を思い起こしていただきたい。」

 

蕎麦はもともと、先人たちが火山などの自然からの試練を乗り越えようと栽培してきた命の綱だった。食と日本列島とを絡めて語られるちょっと珍しい「美食地質学」本。読後、食卓の料理をしみじみと眺めずにはいられなくなる一冊だ。

 

『「美食地質学」入門』
巽好幸/著

馬場紀衣(ばばいおり)

馬場紀衣(ばばいおり)

文筆家。ライター。東京都出身。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。国内外の大学で哲学、心理学、宗教学といった学問を横断し、帰国。現在は、本やアートを題材にしたコラムやレビューを執筆している。舞踊、演劇、すべての身体表現を愛するライターでもある。
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