ロシアによる選挙妨害との水面下の闘い『より高き忠誠 A HIGHER LOYALTY』#8 ジェームズ・コミー
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トランプ大統領はなぜ、私をクビにしたのか? 前FBI長官による衝撃の暴露。

ジェームズ・コミー著『より高き忠誠 A HIGHER LOYALTY』より

2018年4月17日にアメリカで刊行され、1週間で60万部を売り上げた本がある(初版は85万部)。前FBI長官ジェームズ・コミーの著者『A HIGHER LOYALTY(より高き忠誠)』だ。FBI長官の任期は10年である。それは時の大統領の政治的圧力に屈することなく、その捜査方針を貫くためだ。ところが2017年3月、就任したばかりのトランプ大統領に突如解任された。まだ5年以上の任期を残していた。「トランプ陣営のロシアとの癒着に関する捜査妨害」が解任の真の理由として囁かれているが、真偽は定かではない。ブッシュ大統領に司法副長官、オバマ大統領にFBI長官に任命されたコミー氏はなぜ解任されたのか? 邦訳版(藤田美菜子・江戸伸禎訳)の緊急出版にあたり、その衝撃の内容の一部を10回にわたり連載する。

 

 

 

ワシントンの政治エリートたちにはクリントンの電子メールの一件が宇宙の中心のように思えたかもしれないが、実際のところ、FBIはほかにも数多くの重要な案件に携わっていた。2016年の夏、われわれが心血を注いでいたのは、ロシアがアメリカに対して何を仕掛けているかをつかむことだった。インテリジェンス・コミュニティが得た証拠は、ロシア政府が次の3つの方法で、アメリカの大統領選に干渉しようとしていることを強く示唆していた。

 

第一に、アメリカの民主主義の信頼性を損なうこと。ロシアは、アメリカを貶めることで、他国がわが国の選挙制度を模範とするのを妨げようとしたのである。

 

第二に、ヒラリー・クリントンに打撃を与えること。プーチンは、2011年12月にモスクワで自身に対する大規模な街頭デモが起きたのはクリントンのせいだと考え、クリントンのことを憎んでいた。クリントンが同年のロシア議会選挙の前や期間中に、ロシアの選挙における「問題のある慣行」を公然と批判したことについて、デモに参加するよう人々に「合図」を送ったと見なしたのである。彼女は当時こう言った。「世界中の人々と同様、ロシア国民もその声に耳を傾けてもらい、投じた票を数えてもらう権利がある」プーチンはこれを、自身に対する許しがたい攻撃ととらえた。

 

第三に、トランプを勝たせる手助けをすること。トランプはロシア政府に好意的な発言を繰り返し、プーチンもかねてから、原則にこだわらずに取引できるビジネスリーダーたちを高く評価していた。

 

ロシアによる干渉の中心になったのが、民主党の関連団体や個人からクリントンにとって不利なメールを盗み出して公開したことだ。また、各州が管理する有権者のデータベースへの侵入を活発に試みていた形跡もあった。FBIは7月末、トランプ陣営の外交政策アドバイザー、ジョージ・パパドプーロスが数カ月前に、クリントンのダメージとなるようなメールをロシア政府から入手することについて話し合っていたという情報をつかんだ。この情報に基づき、FBIはトランプ陣営とかかわりを持つ人物も含め、アメリカ人がなんらかの形でロシアの干渉に協力しているかどうかを調べる捜査を開始した。

 

クリントンの私用メールに対する捜査の場合と同じように、FBIはこの件でも、報道記者や外部の人間から捜査の事実を認めるよう求められたものの、数カ月にわたってはねつけた。捜査を公表するには時期尚早だったし、今後継続して捜査を続けることになるかどうかも定かでなく、また捜査の対象となる者に情報を漏らしたくもなかったからだ。FBIと司法省がこの捜査を公式に認めたのは、2017年3月になってからで、それもごく一般的な方法によってだった。

 

それ以上に難しい問題は、大統領選が熱気を帯びるなか、それに影響を与えようとするロシアの策謀の全体像を国民にどこまで知らせるべきかということだった。オバマと彼の国家安全保障チームは、8月と9月を通じてこの問題に取り組んだ。大統領とのある会合で、われわれは国民に「予防接種」をすることが有効かどうかを話し合った。これは、前もってアメリカ国民に、自分たちの投票行動に影響を与えようとする敵対的な動きがあると警告しておけば、その影響をやわらげることができるかもしれないという案だった。私は、とくに7月5日の発表でさんざん叩かれたこともあって、演壇に立って物議を醸すニュースを発表する役回りにはうんざりしていたが、ほかに選択肢がないのなら、自分がこの件についても説明を引き受けてかまわないと言った。同時に、そうした予防措置を講じるとなると、むしろ、アメリカの選挙制度に対する信頼を損なうというロシアの狙いを、意図せずして達成させてしまいかねないとも大統領に認めた。ロシアが選挙に干渉していることを国民に伝えれば、選挙結果に疑いを持たれたり、そのせいで負けたと一方の陣営が言い出したりする恐れもある。非常に微妙な問題だった。オバマはこのジレンマがよくわかっていて、アメリカの選挙制度に対する信頼を失墜させるというロシアの狙いどおりにさせるつもりはないと言明した。オバマ政権は、そうした免疫づくりや、実際にそれをどう行うのかについて引き続き検討を続けた。

 

数日後、私はオバマのチームに検討のための材料を提供しようと、「予防接種的な告知」という考え方を発展させ、私の署名入りの新聞の意見記事の原稿を書いて、政府内で読んでもらった。それは、ロシアが盗み出したメールをばらまくことで何をしようとしているかを説明し、彼らが州の有権者データベースをハッキングしていることに注意を促し、そうした活動をロシアがこれまで行ってきた選挙妨害の歴史的な文脈に位置づけた。私はアメリカ国民に警鐘を鳴らすつもりでこの原稿を書いた。だが、決断は下されなかった。オバマのチームによる検討は、いつもながら広い範囲に及び、慎重で、時間がかかった。私の見るところ、世論調査機関がトランプに勝算はないという見方で一致していたことが、彼らの決断に大きな影響を与えていたようだ。そういう結果になることを確信していたせいだろう、ロシアの選挙干渉に関する9月の会合の席で、オバマがプーチンは「負け馬に賭けた」と発言したのを憶えている。ロシアの試みが無駄に終わりそうなのに、あえて自分たちの選挙制度への信頼を損なう危険を冒す必要などないと結論したらしい。ドナルド・トランプに、国民をおびえさせたとオバマを非難するような口実を与えてやる必要などない。どのみち彼は負けるのだから。

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より高き忠誠 A HIGHE RLOYALTY

より高き忠誠 A HIGHE RLOYALTY真実と嘘とリーダーシップ

ジェームズ・コミー /藤田美菜子・江戸伸禎 訳

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