2020年東京五輪のレガシー候補だった「水素社会」の厳しい現状
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舛添要一前都知事は、現代ビジネスの記事「【舛添都知事日記】東京五輪後に『水素社会の実現』というレガシーを残したい!」(2014年12月2日付)で、次のように述べている。

 

2012年ロンドン大会の教訓は、大会後に素晴らしいレガシーを残したということである。ロンドン滞在中、王立国際問題研究所(チャタムハウス)やジャパン・ソサエティで東京の未来像について演説したが、その際に、「1964年の東京五輪は新幹線を残したが、あなたは2020年大会の後に何を残すのか」という質問があった。そこで私は、「水素社会の実現だ」と答えておいた。

 

 

当時と今では状況が異なるので、計画を修正する必要もあるだろう。たとえば、欧州・アジア諸国が電気自動車の普及に力を入れ始めたことで、水素を燃料とする燃料電池自動車はあまり注目されなくなり、「水素社会」の実現も危ぶまれている。また、オリンピックの2020年大会を機に「水素社会」のショーケースをつくるという企画も頓挫しかけている。

 

筆者(注:交通技術ライターの川辺謙一氏)は2016年に『図解・燃料電池自動車のメカニズム』(講談社)を上梓したが、この制作でとくに頭を悩ませたのが、「水素社会」をどう説明するかであった。燃料電池自動車を普及させる上では、「水素社会」の実現は欠かせないものであるが、「水素社会とはどのようなもので、何のために実現するのか」を明確かつ簡潔に記した資料は、執筆当時ほとんど見当たらなかった。先ほど述べたように化石燃料への依存度を下げるのが大きな目的ではあるとはいえ、国や東京都がそれを一般にわかりやすく説明しているかについては疑問が残る。これでは「水素社会」の実現は難しいだろう。

 

また、五輪を機に、むやみに「水素社会」という自国の技術的な試みをアピールするのは問題がある。

 

2020年大会では、ロンドンで開催された2012年大会のように成熟国家ならではのレガシーを遺すことに重点が置かれている。ところが、五輪を利用して自動車技術やエネルギー技術など、自国の技術を国内外に見せつけ、国威発揚を図ろうとするのは、発展途上国の発想だ。2020年大会にさまざまな歪みが生じているのは、日本がこのように発展途上国の発想から抜け出だせないまま、先進国としての余裕を見せようとしている点にあるのではないだろうか。

 

 

『オリンピックと東京改造――交通インフラから読み解く』(川辺謙一著、光文社新書)より抜粋しました。

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