〈あとがきのあとがき〉お化け好き民族・日本人の心を世界に伝えた間(ま)の芸術ーー『怪談』の訳者・南條竹則さんに聞く
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光文社古典新訳文庫の翻訳者にインタビューする〈あとがきのあとがき〉。「訳者あとがき」には書き切れないような、翻訳にまつわる裏話、訳書との出会い、はたまた翻訳者の知られざる私生活まで、縦横に語ってもらいます!

 

 

ラフカディオ・ハーン

 

日本を愛し、明治期の日本で帰化し、今や日本の古典とも言える怪談の数々を書いたことで知られるラフカディオ・ハーン(1850 – 1904)、日本名小泉八雲。「耳なし芳一の話」「むじな」「ろくろ首」「雪女」……。古来の文献や伝承をもとにハーンが創作した怪奇短篇集『怪談』を訳された、幻想小説の作家であり、文学と中華料理と温泉をこよなく愛する南條竹則さんにお話を伺いました。

 

世界三大お化け好き民族

 

──ハーンの怪談に続くあとがきも怪談になっていて、最後までゾワッとする読書を楽しみました。南條さんが、怖い話、不思議な話に興味を持たれたのはいつ頃からですか?

 

南條 中学ぐらいですかね。東京創元社の怪奇小説傑作集とか、エドガー・アラン・ポーの全集を読み始めて、すっかりイギリスの化け物話が好きになりました。もっと前から、水木しげるは大好きでしたけどね。ちょうど、ぼくの子どもの頃から中学にかけては、妖怪ブームとか超能力ブームだったんです。

 

 

── スプーン曲げのユリ・ゲラーがもてはやされた頃ですね。

 

南條 そういうブームがあって、つのだじろうが『うしろの百太郎』という心霊漫画を「週刊少年マガジン」に連載してた。あれはけっこう怖かった。

 

『河童の三平(上)貸本まんが復刻版』(角川文庫)

 

── 学校でこっくりさんが流行ったり?

 

南條 そうそう、流行ってました。水木しげるが最初に売れ出した頃でね、『悪魔くん』も『河童の三平』もテレビで実写版がやってた。『河童の三平』はかなり気味悪かったんです。あれはすごい傑作。また音楽が良くてね。だからぼくの世代って、男の子はとくに妖怪好きじゃないでしょうか。水木しげるは少年漫画誌にずっと描いていたし、楳図かずおが『猫目小僧』や『赤んぼ少女』みたいな怖い漫画を描いていたのもその頃です。

 

── 小学生のとき、夏休みになると、決まってテレビで怪奇特集が放送されていたのを思い出します。「番町皿屋敷」とか「お岩さん」とか。「耳なし芳一」は、いまだに憶えてますけど、琵琶の音がすごく怖くて。夜眠れなくなりました。

 

南條 むかしといまでは、怪談文化はだいぶ変わっちゃいましたね。かつてはシリーズ物だと、夏は必ず怪談を1回くらいやっていたんですよ。大川橋蔵の『銭形平次』では、悪党がお化けに扮するニセモノ怪談をやってたし、『七人の刑事』でも怖いのをやってました。

 

──刑事ドラマで怪談を?

 

南條 お金持ちの大きなお屋敷のお嬢様が、遺産狙いで殺されちゃうの。で、その娘が生前愛用していたピアノが、誰も弾いていないのに鳴り出して、鍵盤の上に生き血がポタポタとしたたるんですよ。子どもの頃に観てゾーッとしました。他にも、近衛十四郎の『素浪人 月影兵庫』に化け猫の話があったり、いろいろ憶えていますね。

 

──テレビで怪談をやるとか、肝試しをするとか、日本ではお化けが夏の風物詩になっていますが、英語圏ではどうなんでしょう。

 

南條 クリスマスです。それは19世紀、チャールズ・ディケンズの頃から。『クリスマス・キャロル』ってゴーストストーリーですからね。昔の建物には必ず大きな暖炉があって、そのまわりで一家の団らんを行うんですが、クリスマスの晩にそこで怖い話をする。少なくともイギリスにはそういう伝統がありました。アメリカだとキャンプファイアーを囲んで。映画『13日の金曜日』に出てくるでしょ。フランスはどうだか知らないけど。

 

 

──フランスでもキャンプで怖い話をすることはあるそうです。でも伝統とか風物詩ではなく、単純に非日常の楽しみとして。北のノルマンディやブルターニュは幽霊の話とか死者が還ってくる話なんかが多くがありますが、日本の怪談のような“国民的お化け”ではないです。

 

南條 ブルターニュはケルト文化圏ですからね。あと南のプロヴァンスにもそういうのあるでしょ。いろいろと読んでいると、日本人とイギリス人はとくにお化けが好きだと思います。むかし、某社で出た『ドイツ怪談集』とか『東欧怪談集』とか、怪談と名前がつくものは一通り買って読みましたが、すごく怖いものってそうはなかった。ドイツではハンス・ハインツ・エーヴェルスが書いたもの、フランスではギ・ド・モーパッサンが書いたものくらいかな。モーパッサンの「手」という短編があるでしょ。剥製の手が殺人を犯したのかもしれないという。あと、怪談じゃないけど「水の上」。旅行記みたいだけど、ゾッとする内容で。ああいうのは、狂気の怖さですよね。

 

──幻想文学と呼ばれる作品はフランスに数多くありますが、超自然的な怖い話よりも、人の心に宿る狂気を描いたものが中心かもしれません。

 

南條 フランス人は、たぶんイギリス人ほどお化けが好きではないんじゃないかな。だって怖くないんだもの。テオフィル・ゴーチエの書くお化けなんか、色っぽいおねえさんばっかりでぜんぜん怖くない。ゴーチエは好きですけどね。お隣のベルギーに行くと、ジャン・レーの書くお化けは怖いと思う。むかし、森茂太郎さんが「幻想文学」誌でお訳しになったのを何編も読んだけど。

 

──映画にしても、フランスは日本や英語圏に比べるとファンタジー、ホラーやSFがとても少ないです。社会派、恋愛、コメディーあたりが大半で、良くも悪くも現実的な国民性なんだなと思います。

 

南條 うちの父が親しくしていたお嬢さんで、中学のときフランスの寄宿学校に行ってた方がいるんです。かつて修道院だったところで、各自の個室は、むかし尼さんが使ってた部屋なわけですが、そこに出るんですって。で、シスターに言うんだけど、鼻で笑って相手にしてくれない。だけど毎晩出る。だから1年ぐらい、泣きながら暮らしていたと言っていました。

 

──馬鹿馬鹿しい話だと取り合ってもらえなかったんですか、ちょっと気の毒ですね。

 

ヘンリー・シジウィック心霊研究協会初代会長

 

南條 ぼくが思うには、イギリスでもしそれがあれば、すぐ部屋を替えてもらえたはずです。だってイギリスの場合、お化けが出ると不動産価値が下がるので、固定資産税を安くしてくれと自治体に頼む人がいるくらいですから。そうすると、19世紀末にできたThe Society for Psychic Research(心霊研究協会)というのが今でもあって、自治体がそこに調査を依頼するんですよ。

 

──本当にお化けが出るのかどうかの調査ですか?

 

南條 そう。温度計とか録音機とかを持って、協会の人が一晩か二晩そこに泊まり込んだりして報告書をまとめてくれるんです。つまり、イギリス人はそういう話を本気で聞いてくれる。

 

──おもしろいですね。ところで、不動産価値に関しては、反対の話を聞いたことがあるのですが。イギリスでは、幽霊が出る物件の方が高く売れるというような。

 

南條 それは建物の種類の問題です。地震がないイギリスでは、チューダー朝の建物が、いまも手入れをして使われてますよね。そういう古いお屋敷やお城に関しては、むしろ出なきゃダメなんです。オスカー・ワイルドの『カンタヴィルの幽霊』だってそうでしょ。お化けの一人や二人憑いてないんじゃ箔が付かない、歴史がない、ということになる。

 

──なるほど。大きなお屋敷ならば、出ない部屋を使えば済むことですしね。

 

南條 いやあ、ぼくの知っている範囲の文化圏で言うと、イギリス人に日本人、それから中国人が三大お化け好き民族なんじゃないかな。

 

──それはお化け話のヴァリエーションの豊かさに比例しますか?

 

南條 そうでしょう。中国もすごいです。清の時代の怪奇短篇集『聊斎志異』なんか、いくつもの物語が映画化されてますからね。そういえばこの間、大学で補講をしまして。補講だから出てくる学生は少ないし、せっかくだから「怪談をやりましょう」と言って、部屋を暗くして一人一話ずつ披露してもらったんです。

 

 

──どんな怖い話が出ましたか?

 

南條 それが、今の学生は耳で聞いた話をあんまり知らないみたい。スマホで検索して、書かれたものを読み上げる子が多かったんです。

 

──たしかに、インターネットがない時代は、怖い話を周りから聞くことが多かったかも。子どもの頃、近所の年長の子が、まるで見てきたように話してくれたのを思い出します。

 

南條 ぼくが子どもの頃は、「人さらいが出るよ」って大人から騙されたもんです。要するに誘拐魔じゃなくて、一種のお化けなんですが。夕暮れ時になると出てくる「人さらい」というものがいるの。それはあやふやなんだけど、人間という感じじゃなくて、魔物というニュアンスが強かった。

 

──だから暗くなる前に帰って来いと。そういう意味では、夜でも明るいいまの時代は、お化けやら妖怪やらの居場所がない。それで、怪談がむかしほど身近でなくなっちゃったのかもしれませんね。

 

南條 妖怪はさすがに出にくくなったでしょうねえ。

 

光文社古典新訳文庫

光文社古典新訳文庫

Kobunsha Classics
「いま、息をしている言葉で、もういちど古典を」
2006年9月創刊。世界中の古典作品を、気取らず、心の赴くままに、気軽に手にとって楽しんでいただけるように、新訳という光のもとに読者に届けることを使命としています。
光文社古典新訳文庫公式ウェブサイト:http://www.kotensinyaku.jp/
光文社古典新訳文庫公式Twitter:@kotensinyaku
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