諸葛孔明のように雲を見て「能動的で楽しい防災力」を身につける『雲を愛する技術』

藤代冥砂 写真家・作家

『雲を愛する技術』光文社新書
荒木健太朗/著

 

 

私は、割と雲を観ている部類の人間だと思っている。特に朝夕には、朝焼け、朝陽、夕陽、夕焼けを楽しみにしているので、空をぼんやり見上げていることが多い。

 

これは現在の住まいが沖縄本島中部の村にあることも大きい。女性長寿日本一の市町村といえば、田舎のほどを想像してもらえると思う。まあ、まずは空が広いのだ。その空の広さに誘われて雲と空を楽しんでいると言える。

 

 

山や島の天気は気まぐれであることはよく知られている。雨や晴れ間が忙しなく入れ替わり立ち替わる。雲もそれに合わせて様々な形態を伴って観る者を楽しませてくれる。

 

私のお気に入りの雲は、月並みだが夏の積乱雲である。いわゆる入道雲。亜熱帯の島でのその大きさは、威風堂々として、いつも感銘を受けている。

 

だが、その他の様々な雲にも日々心を動かされている。感動のたびに雲の名をたくさん知りたいなあと何度重ねて思ったことか。

 

 

 

『雲を愛する技術』は、その願いがようやく叶うきっかけとなった。文系の「愛する」に、理系の「技術」が合わさったようなタイトルは、右脳と左脳の両方を刺激してくれるであろう予感にも満ちている。

 

 

新書にしては、ずしりと重い量感と写真の多さに、読み進める前から保存版が決定した次第だ。雲本の一冊は書棚にほしい。

 

内容はといえば、まさに手取り足取りである。雲を愛する人たちを、雲友と呼ぶらしいが(あとがきによる)、雲への愛と、雲を愛する人への愛とが詰まった良書である。

 

 

第一章は、雲を愛するための基礎と題され、
「雲はほとんど毎日顔を合わせるので、家族のような存在です。そんな身近な存在だからこそ、見た目だけでなく性格や行動パターンを少し知っていれば、相手のことを好きになって上手に付き合えるようになるのです」といった具合に、のっけから親しく付き合う前提で記されている。タイトルが飾りではなくて、本気で雲を「愛そう」としているのだ。続く章たちのタイトルを連記すると、様々な雲、美しい雲と空、雲の心を読むとなり、最後には、雲への愛を深める、で終章となる。

 

もはや雲愛がはみ出して、啓蒙書の風格すらあるのだ。何か一つのことを熱心に追求し、果てには愛が芽生えるということは、清々しささえ覚えた。

 

 

だが、本書はただの愛の本ではない。雲の知識や愛が増量したところで、最後に防災という見地からの雲愛が語られている。

 

抜粋すると、「日常的に雲を愛でて楽しみ、楽しむために使い倒している気象情報や顕著な現象の観天望気を通して、いつの間にか気象防災能力が身につくという“能動的で楽しい防災力”を目指しています」。

 

なるほど、である。諸葛孔明のように雲を見ることで自然現象を予知し、災害に備える音頭をとる。雲から防災へという流れは、近年増加している集中豪雨などへの備えとして即効性が期待できるし、本書自体が雲のような大きさを持っているのだと知った。

 

『雲を愛する技術』光文社新書
荒木健太朗/著

この記事を書いた人

藤代冥砂

-fujishiro-meisa-

写真家・作家

90年代から写真家としてのキャリアをスタートさせ、以後エディトリアル、コマーシャル、アートの分野を中心として活動。主な写真集として、2年間のバックパッカー時代の世界一周旅行記『ライドライドライド』、家族との日常を綴った愛しさと切なさに満ちた『もう家に帰ろう』、南米女性を現地で30人撮り下ろした太陽の輝きを感じさせる『肉』、沖縄の神々しい光と色をスピリチュアルに切り取った『あおあお』、高層ホテルの一室にヌードで佇む女性52人を撮った都市論的な,試みでもある『sketches of tokyo』、山岳写真とヌードを対比させる構成が新奇な『山と肌』など、一昨ごとに変わる表現法をスタイルとし、それによって写真を超えていこうとする試みは、アンチスタイルな全体写真家としてユニークな位置にいる。また小説家としても知られ著作に『誰も死なない恋愛小説』『ドライブ』がある。第34回講談社出版文化賞写真賞受賞

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