荒廃都市デトロイトで、一から暮らしを「耕す」方法――「働く」を考える本(1)

三砂慶明 「読書室」主宰

『壊れた世界で“グッドライフ”を探して』NHK出版
マーク・サンディーン著/上原裕美子訳

 

写真/濱崎崇

 

私たちは見知らぬ場所に移動するとき、大抵はグーグルマップを使って最短経路で目的地まで連れて行ってくれる「矢印」の方向に進みます。しかしながら、私たちの人生には地図はなく、あったとしてもささいなきっかけで崩れる砂上の楼閣のように儚いものです。

 

『漫画 君たちはどう生きるか』(マガジンハウス)が発行200万部を突破し、いまなお売れ続けています。いつの時代も、私たちがどう生きるのかは、ぬきさしならない重要な問題です。かつての航海士たちが星を見ながら舵をとったように、混迷を極める21世紀の暗闇を照らし出してくれる本をご紹介いたします。

 

『壊れた世界で“グッドライフ”を探して』の著者マーク・サンディーンは、大学を卒業してからはバックパック生活を続け、「いわゆるキャリアの道は目指さずに(中略)なんとか文明にしがみついていられるだけの収入をかき集めながら、そんな生活から脱出する道」、すなわち、「グッドライフ」を探している途中に、本書で紹介する三つの家族にたどりつきます。

 

三つの家族に共通しているのは、
「ただ単に主流から外れた生活を送っているわけではない。彼らはそれぞれに、この世界の破綻した一面を引き受け、力の限りを尽くして、それに立ち向かう道を選んだ――しかも、きっと持続可能で、もしかしたら他の人でも再現できるのではないかと思える方法で、彼らは解決に臨んでいる」こと。

 

中でも特徴的なのが、アメリカのミシガン州デトロイト市に暮らすグレッグとオリヴィアの一家です。

 

デトロイトは、ヘンリー・フォードがイノベーションを起こした「アメリカ自動車産業誕生の地」で、「民主主義の武器庫」、さらには「中西部のパリ」とよばれるほどに栄華を極めましたが、2013年に入って財政破綻しました。

 

工場のオートメーション化や、多くの白人が非白人の多い都会を捨てて郊外に拠点を移す「ホワイトフライト」、2008年のリーマン・ブラザーズの破綻で景気は混迷を極めました。デトロイトで起こった大量の解雇や倒産は、現代社会の未来を暗示しているかのようです。

 

荒廃した都市部に残されたのは圧倒的な貧乏人と非白人で、ゴミ収集や救急車のような基本的な社会サービスが欠落し、公共の交通機関や電力供給のインフラなども整備されていません。廃墟が立ち並び、犯罪率は上がるばかりで、10年間のうちに24万人がデトロイトを捨て、住宅の価値は97%下落、貧困比率は34%とアメリカ最悪です。

 

栄華の極みから財政破綻まで一直線にたどったデトロイトをみていると、小説や映画で描かれる「世界の終り」はすでに始まっているんじゃないか、という気さえします。

 

彼らは、大都市のなかで唯一全国チェーンの食料品店が展開していない「食の砂漠」とよばれるデトロイトにふみとどまって、荒廃した都市を文字通り「耕し」ます。

 

最初は道路の消火栓からこっそりホースを引き、水を確保することからはじめ、重金属や化学薬品で汚染された土壌に落ち葉をしきつめ、空き地に埋められた廃棄物を取り出し、すこしずつ農地につくりかえていきます。

 

著者は、麻薬の売人に畑の土を盗まれたり、隣人に育てた野菜を盗まれたりというアーバンファーム独特の試練を丹念に取材しながら、限られた資源と土壌で作物を育てて売る仕事とは、はたしてどういうことなのかをしっかりと描き出しています。

 

デトロイトの都市型農園はよく、企業の撤退によって食の命綱を絶たれた市民が、他に方法もなく自分たちで作物を作る道を選んだと美談のように語られますが、すさんだ都市を農地に変える苦労は、その言葉ほど簡単ではないとサンディーンは述べています。

 

ミシシッピ州の農園育ちのオリヴィアの祖母がはじめて孫娘の畑を見に来た時、「こりゃあそうとうな仕事(ハードワーク)だよ」とほめたたえたのは、言葉そのものの意味にほかなりません。

 

サンディーンは、「現代では、「一生懸命に働く、苦労して働く(ハードワーク)」という行為が、「よい仕事をする(グッドワーク)」と必ずしもイコールで結びつかなくなっている。むしろ人間の営みこそが同胞である人間に害をもたらし、地球に害をもたらし、正義のあり方に害をもたらす」と指摘しています。

 

私たちはある意味で、幸せになるために働いているはずなのに、仕事をするほどに不幸をつくっていないか、と著者は問います。グレッグやオリヴィアのように「デトロイトの問題は世界の問題だと確信」し、「崩壊から逃げるのは崩壊をもたらす要因の一つだ」とふみとどまって生きるのは、誰にでもできることではありません。

 

本書の日本語版解説者である鈴木奈央氏のように、現代社会と距離をおき、シンプルライフに舵をきれる読者はそこまで多くはないでしょう。しかしながら、読みはじめたら止まらず、読んだあとは考えざるを得なくなります。

 

私たちはどう生きるのか?

 

誤解をおそれずに言うならば、本書は21世紀の古典です。三つの家族への取材を通じて、灯台のようにこれからの未来を考える道を照らし出しています。

 

 

『壊れた世界で“グッドライフ”を探して』NHK出版
マーク・サンディーン著/上原裕美子訳

この記事を書いた人

三砂慶明

-misago-yoshiaki-

「読書室」主宰

「読書室」主宰 1982年、兵庫県生まれ。大学卒業後、工作社などを経て、カルチュア・コンビニエンス・クラブ入社。梅田 蔦屋書店の立ち上げから参加。著書に『千年の読書──人生を変える本との出会い』(誠文堂新光社)、編著書に『本屋という仕事』(世界思想社)がある。写真:濱崎崇

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