あらためて吐露される、車椅子の上で足掻いてきた男の心情『車輪の上』

友清哲 編集者・ライター

『車輪の上』講談社
乙武洋匡/著

 

 

一時期はスポーツライターを名乗っていた乙武洋匡だが、ある時期からは「作家」の肩書きを使うようになった。これはおそらく、彼が2007年から小学校教員に転身し、3年の期限を満了して社会復帰した際に手頃な肩書きが見つからなかったため、周囲やマスコミが自然に用いるようになったものだろう。

 

本を出している著者は、広義の意味で作家と呼ばれることがままあるから、それ自体に違和感はない。ただ、僕の中でようやくその肩書きがしっくりいったのは、2010年に乙武洋匡が初の小説作品、『だいじょうぶ3組』を刊行してからのことだった。つまり心のどこかに、作家と呼ばれる人種に、明確な創作性を求める思いがあったのかもしれない。

 

同作は3年間の教員体験をベースとしたフィクションである。生まれつき手足のない青年が小学校の先生を務めるという“設定”は、それだけで大きなインパクトを持ち、この作品は後に映画化もされた。作中に綴られたエピソードの数々は、基本的にすべて実話。わざわざ小説の体裁を採ったのは、児童たちのプライバシーに配慮してのこととされるが、何よりも3年間で体験した数々のドラマを歯切れよく世間に伝えるには、フィクションの形が最も都合が良かったのだと推察される。

 

この『だいじょう3組』の反響を受け、2年後には続編『ありがとう3組』を発表。2作も小説を書いているのだから、これはもう「作家」を名乗るのに申し分がない。だから、不倫騒動による大炎上を経た後に、彼が復帰のステージに小説を選んだことは、僕にはさほど意外な選択には思えなかった。トリッキーな要素があるとすれば、それがホストを題材とした作品であった点だろう。

 

本作『車輪の上』の主人公である河合進平は、生まれ持った脳性マヒにより、車椅子がなければ移動できない身の上。大学卒業後、ひょんなことから新宿歌舞伎町でホストとして働くことになり、シゲノブの源氏名を名乗ることになる。右も左もわからない夜の世界の事情と、嫌でも付き纏う障害者としてのレッテルに苦しめられながらも、シゲノブは様々な出会いや体験を通して成長していく――というのが大まかなストーリーである。

 

見た目には健常者と変わらない手足を持つシゲノブだが、描写される車椅子からの視点は、しばしば読み手に発見をもたらす。なにしろ、シゲノブが外堀通りの桜を眺める冒頭のシーンからして、《車椅子の高さからでは鉄製の柵が邪魔をしてベストアングルを確保できない》と、当事者ならではの不便が垣間見られる。あるいは、意外とバリアフル(※バリアフリーの対義語)な新宿駅の構造や、ティッシュ配りが目の前を素通りする疎外感など、読み進めるにつけ、なるほどこれは著者が日常生活で感じている現代社会へのアンチテーゼなのだなと理解させられる。

 

こうした環境の“檻”がもたらす閉塞感から飛び出そうと、シゲノブはホストとしての成功を期するわけだが、原動力となっているのは反骨心だ。乙武洋匡は時折、幼少期を振り返ってこう語っている。

 

「子供の頃から、障害者だからできなくて当然と思われることが、すごく悔しかった」。

 

だからこそ、勉強でも何でも人並み以上にできるようになってやろうと、努力を惜しまず全力で生きてきた。著者自身もまた、「障害者」のレッテルに苦しみ、足掻いてきた1人なのだ。そんなこれまでの半生に滲む思いが、今回の『車輪の上』には投じられている。

 

シゲノブは失敗して落ち込みもすれば、女性に胸をときめかせもする、どこまでも人間臭い青年だ。車椅子生活ゆえの「不便」はあっても、それを「不幸」と感じるかどうかは本人次第。その意味では、世のマジョリティである健常者たちと何も変わらない。それは紛れもなく著者の生き様そのものである。それでも本作発表時に、巷のあちこちから「え、ホスト小説?」「乙武さん、どうしちゃったの?」と戸惑う声が聞こえてきたのは、やむを得ないことだろう。

 

本作の背景を探る上では、彼がメディアで唯一「親友」と公言する、手塚マキの存在が欠かせない。手塚はかつて歌舞伎を席巻した売れっ子ホストであり、現在は複数のホストクラブや飲食店を経営する実業家だ。つまりホストという題材は、決して奇をてらったものではなく、この職業を取り巻く事情に十分な造詣があればこそ。ついでに言えば、手塚が営む店舗には以前、実際に車椅子のホストが実在してもいたのである(※現在は退職)。

 

事実のパーツをかき集め、そこに自らが育んできた主題を投じ、フィクションとして物語化する。そんな手法を、乙武洋匡はいよいよ自分の物にしつつある。

 

細かな小説作法に目をやれば、修正すべき点はある。しかし、特異な境遇に生まれ、特異な体験を今なお積み上げ続けている彼には、これも伸びシロと言うべきだろう。となれば、作家・乙武洋匡の次の一手に、俄然、興味が湧いてくるというものだ。

 

『車輪の上』講談社
乙武洋匡/著

この記事を書いた人

友清哲

-tomokiyo-satoshi-

編集者・ライター

1974年、神奈川県生まれ。フリーライター&編集者。旅・酒・遺跡をメインにルポルタージュを展開中。主な著書に『この場所だけが知っている 消えた日本史の謎』(光文社知恵の森文庫)、『作家になる技術』(扶桑社文庫)、『一度は行きたい戦争遺跡』(PHP文庫)、『物語で知る日本酒と酒蔵』『日本クラフトビール紀行』(ともにイースト新書Q)、『怪しい噂 体験ルポ』『R25 カラダの都市伝説』(ともに宝島SUGOI文庫)ほか。


・ツイッター:@tomokiyosatoshi

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